年頭、リバタリアン宣言

2010年1月 1日 | コメント(0) | トラックバック(0) このエントリをメール このエントリをYahoo!ブックマークに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 このエントリをtwitterに登録

 明けましておめでとうございます。本年もお付き合いください。

 さて、2009年ゝ頭は「朝まで生テレビ」を見て憤慨したという所感から始まりました。今年も「朝まで生テレビ」を見ていました。

 1歳ほどオトナになりましたから憤慨はしませんが、知的好奇心としては先生方が少しでも日本を良くしようという議論を重ねているのを愉しめるものの、最終的な結論としては、俺には関係無いということになります。大きなお世話である、と。

 数か月来、どういうキッカケ、コンテキスト(文脈)で宣言しようかと温めてきたのですが、年頭に宣言しましょう。実は私にピッタリなイデオロギーに出会いました。いくら読んでも読んでも、「その通り!」というものに。

 「リバタリアニズム」(libertarianism)と言い、それを奉じる者を「リバタリアン」(libertarian)と言います。邦訳は自由至上主義。慣れるまで発音が難しいですが「リベラリズム」とは違います。

 碩学の読者諸兄には些か恥ずかしいですが、ご存知ない方もおられると思うので少々。

●リバタリアニズムとは

 経済的自由と個人的自由を重視/軽視のマトリックスで考えるとわかり易いです。

経済的自由:重視 & 個人的自由:軽視 → 保守派
経済的自由:軽視 & 個人的自由:重視 → リベラル
経済的自由:軽視 & 個人的自由:軽視 → 権威主義

 個人的自由の尊重を説く一方、経済的活動の自由を重視せず経済活動への介入や規制や財の再分配を擁護するのが「リベラル」であり、その逆に個人的自由への介入を認めるが経済的自由は尊重するのが「保守派(コンサバティブ)」である。(中略)どちらも尊重しないのが「権威主義者(オーソリテリアン)」あるいは「人民主義者(ポピュリスト)」(中略)その極端な形態を「全体主義」と呼ぶことができる。ファシズムや共産主義はこれに属する。なお今の日本で「保守主義者」と呼ばれる人々は、グローバリズムや規制緩和の動きに反対する傾向があるから、(中略)「保守派」よりも「権威主義者」に近い位置を占める。
森村進『リバタリアニズム入門』より

 で、我らがリバタリアンは、経済的自由も、個人的自由も、どちらも重視する、という立場になります。

●リバタリアンの主張

 「自由」です。唯一のルールは、他人の自由を侵すことは禁止で、制限をかけます。

 レイプはいけません。される側の自由を侵しているから。ただし、合意の上の単純売春は、第三者が規制することではないでしょう。

 薬物中毒になって人に迷惑をかけたらいけませんが、自宅で一人で中毒になる分には、「個人の嗜好の問題」でしょう。

 こういう話をすると、「人間がダメになる」「国がおかしくなる」と言う人がいますが、それが大きなお世話なのです。なぜダメになってはいけないのか。それがダメだと誰が決めたのか。

 お国側の人間は、税金が減っては困るから、すばらしき労働者を養成しようとするでしょう。生まれたての赤ん坊の真っ白だった頭は、そのように洗脳されていきます。

 私も、とりあえずは現行のルールを守って生きていきますよ。けれど、「決まりは決まり」という主張を繰り返す、オカミにとって大変都合のいい人がたまにいますが、そういう人は何も産み出せない人です。とりあえずは守りながらも、自分を含めた現状をクリティカルに問い糾す視点は必要でしょう。

 私は別に、刑務所に入りたくないからタバコ止まりなわけではありません。私は、殺人OKになったからといって殺人はしないつもりです。もっと自律して生きましょう。自律して生きている者にとっては、国や政府は、基本的に大きなお世話であることがほとんどです。

 繰り返しますが、他人の自由は侵してはいけません。ですから強盗とか戦争とかはダメですよ。他人の自由を侵さない限り、の話です。

●リバタリアニズムの分類

(a)「国家」(政府)をどう捉えるかにより3つの類型があるそうです。

(a-1)国家は廃止されるべきだ(無政府資本主義)
(a-2)国防、裁判、治安、その他公共財の提供に限定する(最小国家論)
(a-3)2に加え、ある程度の福祉・サービス活動も行う(古典的自由主義)

(b)「自由」の根拠をどう捉えるかにより3つの類型があるそうです

(b-1)もともと自由なのだ(自然権論)
(b-2)自由を尊重した方が結果として人々は幸福になる(帰結主義)
(b-3)理性的な人々であれば自由な社会に合意するはずだ(契約論)

 未だ勉強不足ですが、直感的には、a-3&b-3かな。契約論的古典的自由主義ということで、ジェイムス・ブキャナン、ディヴィット・ゴティエといった方々がその筋だそうです。

●リバタリアニズムを掲げる政党

 私が調べた限り日本でまともに動いている党は無さそうです。

 アメリカでは、共和党、民主党に次ぐ第3(といっても大きく離れ)の党として、アメリカ・リバタリアン党(United States Libertarian Party)というのがあります。

 が、過去も現在も未来も、リバタリアニズムが大勢を取ることはないでしょう。弱者を保護しないからです。メシが食えないのは、大変残念だが、仕方ない、ということになります。それぞれが、どう生きていくかは、自分で考えてください、ということになります。"強制的に" 誰かのお金をむしりとって(税金)分け与えるべきではない、と。

●で、今日から

 従って、宣言したからといって本邦で政治活動を行うわけではありません(行っても意味がないであろうし)。まぁ、支持はしていますので、動きがあれば賛同はします。

 マジメな話、この主義は、広く無条件にある一定地域にいる人々へ適用できるものではないし、すべきではないと思っています(その意味で、政治思想とは言えないかもしれません)。

 どういうことかと言うと、人間は、好んで生まれてきたわけではないからです。勝手に、生まれてきちゃったのです。そういう存在に対して、あなたは自分で食っていけというのは少々酷です。リバタリアニズムが政権を取る場合は、嫌な者向けに近隣の"マトモな" 国に亡命できるように手配をしておくべきでしょう。

 この主義は、意識的にそのように生きたいと思った者が採用するものだと私は捉えています。ですから私の野望は、日本をリバタリアニズムに変えることにはありません。そうじゃなくて、リバタリアニズムによる独立国(自治区)を興すことにあります。市民権、今なら安くしておきます。残念ながら国教は仏教です。

 では本年もよろしくお願いします。

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