私のボランティア観

2009年7月14日 | コメント(2) | トラックバック(0) このエントリをメール このエントリをYahoo!ブックマークに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 このエントリをtwitterに登録

 24時間テレビは「偽善チャリティー」というのがネット界の定説らしい(下のほうのコメント欄)。

 私にしたら、「真善」のチャリティーが存在すると考える方がどうかしてるぜBabyという感。

 否、善に真も偽もない、と言った方が正しいか。

 催したり、参加したりする人の狙い(それが慈悲心であれ名誉心であれ)が満たされ、誰かの役にも立っているのであれば、それを第三者が真だ偽だと言う筋合いはない。

 問題は、あなたは、わたしは、参加するのかどうか。

 かくいう私は、WWF(世界自然保護基金)アジアの子どものボランティア団体(シャンティ国際ボランティア会)へは、数年来、毎月自動引き落としで寄付をしているけど、成人した人間には関心がありません。

 生まれた場所が貧しいがために、人間の持つ可能性を追求できない、可能性があるということさえ知ることができない、というのは可哀想であると思うし、その時代の大人の一人として、なんとかしてあげたいと思います。

 だが、大人については、多かれ少なかれ自分のせいであり、現状を変えたければ、自分で道を切り開ける。イラクでサッダーム・フセインが独裁政治をしていたと言うけれど、彼は毎回選挙で選ばれていた。

 洗脳されたと言ったって、そりゃ洗脳された君の問題であるし、日本(人)だってたかだか60年前は洗脳されていたけど、焼け野原になって、もう一度道を切り開いて、ここまで這い上がってきた。

 わけの分からんスーツ着て、満員電車に乗って、上司のアンロジカルな小言に付き合い、しけた酒で愚痴をこぼし、生涯の借金と引き換えにウサギ小屋ほどのマイホームを手に入れ、それでも未来は明るいと信じてやってきた。

 恵まれたかったら、戦後の日本のサラリーマンのようにやってみい、と思う。

 「貧乏で悔しいか。見返してやれよ。心が変われば、人生が変わるぞ。」と、いうわけで、私は大人の救済には関心がありません。

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コメント(2件)

nakatsu | 2009年7月14日 15:30

犯罪者でもないのに「ブタ小屋」は言い過ぎでは?

(このコメントは消してもらって構いません。)

神田 忠 | 2009年7月14日 15:40

 毎度お世話様です。「ブタ」は刑務所の比喩でしたね。「ウサギ小屋」に訂正しました。ありがとうございます。

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