たかが300万の借金で...

2009年7月 7日 | コメント(1) | トラックバック(0) このエントリをメール このエントリをYahoo!ブックマークに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 このエントリをtwitterに登録

 たかが300万の借金で、4人を殺害し、自らも死刑になることないのにね。

 世の中、このように、「借金」を真剣に考え過ぎる人がいます。犯罪に走らない真面目な人だと、首を吊ってしまったり。茶化しているのではなく、私は本気で言っています。返せなくなったら、返さなければいい。それだけ。よほどの筋から借りてない限り、殺(や)られることもありません。

 「身内や友人・知人に借りた」というものは、それなりに申し訳なく思ったほうがいいでしょう。けれど、消費者金融や事業性の借金については、あちらも「ビジネス」で貸したのです。だから、返せなくなったら、相手には、「たいへん残念である」とコメントすればよい。お互い、見込んでいたところがあって、貸し・借りたのです。その見込みが外れてしまったわけだから、それは「残念」ではあるけれども、「申し訳ない」ことではありません。「返せるはずだったし、あなたも儲かるはずだったのに、残念でならない。」ということ。

 日本の多くのサラリーマンは、年収の何倍もの借金(住宅ローン)を背負っています。まして新築など買おうものなら、買った途端に資産価値が下がりますので、多くの住宅ローンを背負っているサラリーマンは、企業でいう債務超過のはず。街を歩けば借金まみれに当たりますから、自分だけだと悩まなくてよいのです。

 私は、お金をとても大切に思っているし、資本主義に忠実であるつもりですが、その一方で、これは私が携わっている一つの「ゲーム」に過ぎないと思っています。「ジャパニーズ・エン」でやり繰りしていくというゲーム。

 このゲームと、先日予約してきたドラゴン・クエストのゲームに、さしたる違いはありません。それぞれのゲームに、それぞれのルールがあるということ。ドラクエでゲームオーバーになったからといって、人生を捨てる必要はない。またやり直せばいいし、違うゲームだってある。

 たかが借金で、希望を捨てないことです。

 ちなみに、「ゲームを離れた、本当の自分」は... ありません。すべては夢・幻のようなものであり、けれど、夢・幻だからどうでもいいということでもまたない。夢・幻なりに、精一杯充実させる。これが私の仏教観です。

追伸 ビジネス上の付き合いもあるので念のため申し上げますが、我が忠如庵は現状、無借金経営です。個人保証が不要の創業融資くらい借りてもよいのですが、借りたところで私の仕事のスピードが早くなったり、いいアイデアがボコボコ沸いてくるわけでもありませんから、今のところその予定もありません。

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コメント(1件)

nakatsu | 2009年7月 9日 20:58

ネットで話題になっているようですが、マスメディアで報じられる犯行の動機が日が経つごとにパチンコから離そう離そうとしている(パチンコで負けたから→とにかく人を殺したかったから→失業保険が切れたから)ようで、不自然なことこの上ないです。

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