身内の死
2009年4月25日 | コメント(0) | トラックバック(0)
数日前に親戚が亡くなりました。
母の母の兄の配偶者、いわゆる大伯母(義理の大伯母)ですね。ちなみに、民法でいう「親族」は、姻族の場合は3親等内をいうので、「大伯父の配偶者」は、民法上の親族ではありません。ただ、それほど親戚が多いわけでもないので、比較的近い、記憶にある方です。
予定があり通夜・告別式には伺えませんでしたので、弔電を打ちました。
私なりの考えを言葉には反映させますので、「悔」「悼」「哀悼」という漢字は使わず、ただただ「冥福を祈る」(死後の幸福を祈る)ということにしました。
死は「かなしい」ことではない、ということです。「死」については、私なりに小さいときから正面切って向かい合ったつもりで、既に解決済のことです。通夜や告別式で涙をしたことは今のところありません。尤も、「思ったより早く訪れた」、「びっくりした」ということはあります。けれど、かなしいことではない。今日や明日の延長線上に起こる一つの出来事。
生まれたものは死ぬ。「赤ちゃん産まれたね、おめでとう」は、「いつか分からないけど、死がまた一つ増えたね」ということと同義です。
これはネガティブ思想ではなく、月並みですが、だからこそ生きているうちに楽しいことをした方がいい、ということに私は帰結します。
やりたいこと、やるべきだと思うことを早く見つけて、一生懸命やりましょう。失敗することも、不意に人に迷惑をかけることも、たまには公園で裸になりたいこともあるでしょう。それもまた人生。いいんです。
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