「プライド」という免罪符
2009年4月17日 | コメント(1) | トラックバック(0)
「プライド」なるワードを安易に聞くことがあります。例えば、
「芸能人になりたいなら、テレビの出演枠持っている人の"女"になれば?」
「それはしたくない。プライドがあるから。」
それはそれで別にいいけど、「"女"になってまでは、私は芸能人にはなりたくない。」ということをしっかり認識するべきでしょう。「手段はなんでもいいから芸能人になりたい」というプライドを持っている人もたくさんいる世界において。
あと、先日、CRM(Customer Relation Management)ソフトウェアについて話していたときに、ある誇り高き業種は、見込客をマネジメントして顧客に転換するといった発想があまりなく、仕事が来たら受けるけど、こちらから積極的に営業はしない、ということを聞きました。
「どんな手段を使っても商売を成功させること」にプライドを持つのか、それとも、「武士は食わねど高楊枝」をしたいのか。良い悪いじゃなくて、そこをちゃんと決めた方がいい。
「プライド」なる言葉を、単に不快なことを避けるための免罪符にはしちゃいけないと思います。
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nakatsu | 2009年7月15日 13:11
おそらくどちらも、「武士は食わねど高楊枝」をしたいのでしょう。
2005年02月24日の記事で
> (一個人のキャラクター価値を高めるのが目的なら、合っていると思いますが)
というのと同様、免罪符というより、キャラクター価値を高めるツールとして「プライド」という言葉を使っているのでは?
もしかしたらキャラクター価値に商売価値を認めてくれる人もいるかもしれませんし。