12月8日は成道の日
2008年12月 8日 | コメント(0) | トラックバック(0)
今日12月8日は、仏教の開祖ゴータマ・ブッダ成道の日とされます(日本では)。成道とは、よく言う「悟りを開く」ことですが、私は「悟りを開く」というフレーズが実は好きではなく、先日の『在家佛教』1月号でもあえて「覚りに至る」という漢字と表現にしています。
こういう好き嫌いというか「こだわり」めいたものはいくつかあって、例えば、同じく『在家佛教』でも使いましたが、私はかの開祖の呼称は、通常「ゴータマ・ブッダ」と記します。まあ、別に何を気取っているわけでもないですが、私は別に思想信条を述べるような宗教家の立場にはありませんので、できるだけ客観的にモノを表現しようと努めているのと、あとは、中国経由の音写漢字ではなく、インド語はカタカナで表現する方が好きなだけです。龍樹はナーガールジュナ、世親はヴァスバンドゥ、と。
尤も、より私心を取り除いて表現すれば、「ガウタマ・シッダールタ」(サンスクリット語)もしくは「ゴータマ・シッダッタ」(パーリ語)でしょうか。「ブッダ」は「覚った人」という、現代の日本語でいえば「お茶の水博士」の「博士」みたいな単語ですので、「ゴータマ・ブッダ」にも一定の敬意は入っています。
ま、好きに呼んだらいいと思うのですが、ただ、「釈迦」(シャカ)は違うんじゃないかなと思います。「釈迦」は「シャーキャ族」の音写で、開祖が属していた民族というか部族の名称です。なので、「釈迦」と呼ぶのは、「千葉(人)」「埼玉(人)」と呼んでいるようなものです。それを丁寧にしただけの「お釈迦様」もちょっと。
せめて、「釈迦牟尼世尊」(シャカムニセソン)の略である、「釈迦牟尼」(シャカムニ/「釈迦族の聖者」)、さらに略した「釈尊」(シャクソン)、「世尊」(セソン)と言って欲しいと思います。私は、一仏教信徒としては「釈尊」を用います。
一説には「釈迦」も「釈迦牟尼」の略だと解説されていますが、それは、「東京(族)の聖者」を「東京」と略しているわけで、ちょっと略し過ぎというか、略しかたを間違えてない? と、私は思います。
ともかく。ゴータマ・ブッダの成道は、35歳のときです。3年後の私が、僅かながらでも、彼が言い、行ったことが理解できるようになっていれば幸いです。
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