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悲しいとき〜

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 お笑い芸人「いつもここから」のネタをご存知でしょうか。「悲しいとき〜 ●●●●●●●●●なとき〜」。

 作りました。↓


悲しいとき〜 デートに誘った女の子から、
「金曜なら空いてるよ。(中略) ちなみに私、この間、婚約しました。」
とメールがきたとき〜

 わりとさっきの実話です。

ホームページ作成のお勉強

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securedownload.jpeg 最近、仕事でホームページを作る機会が多いものだから、頑張って本を読んで勉強しています。DreamweaverだとかPhotoshopだとか。

 これでも、11-12年前くらいは某大手自動販売機屋さんのホームページを一人で受託していたりしたのです。ただその頃は、文字+画像をペコッと貼っておけばそれでお金が貰えました。

 久しぶりに勉強してみて、何に一番戸惑ったかというとCSS。私はずっとテキストエディタでHTMLタグを手で打っていたから、HTMLソースを見ればデザインが頭に浮かんでくる。けど、今の、HTML+CSSという文化は違うんですもの。

 総論的にいえば、HTMLタグが「デザインを示すもの」から「論理構造を示すもの」に変化して、「デザインはCSSで定義する」ように変わったのですね。

 ま、一応、それなりに予備知識があるので早く頭に入っては来ますが。

 あと、こうデザインの選択肢が増えると、やっぱり私は「デザイナー」ではないし、なれないのです。

 「Webプロデューサー」なんていう職種は、ネットビジネスの世界でしか通用しないからなかなか分かってもらえないことも多いのですが、私の生業は、ビジネスを分析して、仮説を設定して、ソリューションを練るするところ。ここまでがいわゆるプロデューサーかな。もう少し踏み込んで、マーケティング結果をベースにしたサイト設計、検索エンジンを睨んだキーワードの散りばめといった、Webディレクターの職域までは守備範囲。

 ところが、そこから先、マッチロなキャンバスにデザインを起こせと言われると固まります。基本的に通知表は5だったけど(プールの前はお腹が痛くなるので夏の体育は4)、美術は3だったし。ここはやっぱり「Webデザイナー」の領分なんですよ。もはやHTMLソースを書くこと自体が「売れる」スキルじゃないんだし、デザイナーはそこが生業ですからね。

 映画の世界が近いですかね。こんな映画を作ろう、ここからお金持ってきて、脚本はこいつに書かせて、こういう風に宣伝して、こういう採算で… というのがプロデューサーの仕事です。現場で役者を使いながら作品を作り上げていくのは、こりゃまったく別の世界。

 けど、そんなことも言っていられないので、企業サイトのひな形のHTML+CSSの本なんかを読んでいる昨今です。

中山大臣

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 野党が仕込んだんではないかというほどの自爆っぶりでしたね。私は、日教組について云々する知見もないし興味もありません。右でも左でも宗教でも、とにかく集団となってドドドッと押し掛けるような輩は私の趣味にそぐいません。友だちになりたいとは思わない。ただ、彼は少なくとも、日本国憲法第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」を踏みにじっている。

 「天皇〜その他の公務員」という主語は、厳密な意味での「公人」、税金を収入とし国の運営を任されている人々。だから、たとえ私人としていかなる思想信条を持っていたとしても、彼らは日本国憲法を頂点とする日本国法体系の枠組みの中で言動をする必要がある。

 日教組、成田、アイヌといった各論よりも、私が本質的に彼のクオリティを疑うのは、「公のためにはある程度自分のことを犠牲にしてでも尽くすという精神が必要と普段思っている」という発言です。

 少なくとも現行法体系の枠組みにそのような「滅私奉公」的考えは組み込まれていないし、東京大学法学部で何を学んだのか知りませんが、むしろ、それは、古典的なもの、前近代的なものとして淘汰されてきたものです。済んだ、終わった、滅びた考えかたです。

 一人一人の人間は、元来、国家から独立して存在している。国家は、共同生活の維持のために仕方なく存在するものである。国家とは、その目的を超えて権力を乱用、暴走しないように、監視されるべきものである。極めて限定的、例外的にのみ、個人の人権は制約される(現行憲法の表現でいえば「公共の福祉に反」する場合)。というのが私の国家観であり(法学的には基本的に「トレンディ」なものであるはずです)、彼のような考え方は、率直に言って、大嫌いで、早くこの地球上から消滅すればいいと思います。

 念のため付け加えておくと、(今は違うのは承知だが、)憲法を「そう」改正したいと思っているのだとしても、いわゆる憲法改正限界説からすれば不可能です。限界説とは、憲法が定める改正手続きを経ても、その憲法が持つ基本理念を超越するような改正はできないというもので、例えば、日本国憲法の改正手続きによって、国民投票で多数を得たとしても、国民主権を天皇主権に変更することはできないということです。この立場に立つと、1945年制定の日本国憲法を「明治憲法の改正の結果」とすることは出来ず、1945年のポツダム宣言受諾によって、一種の「革命」があったと理論付けることになります(「八月革命説」)。現行憲法の基本理念と異なることを実現したいのであれば、政治家ではなく(税金でメシを食わず)、革命家になるべきです。

 ともかく、麻生総理も言っているように、国務大臣として甚だ不適切です。ベッドで愛人に囁くのは自由ですが、外でああいうことを言ってはいけません。

私の連載が始まります。

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c_200810.jpg 以前にも2度ほどスポットで文章を書いたことのある月刊『在家佛教』((社)在家仏教協会)に毎月の連載を持つこととなりました。

 趣旨は、在家者に役立つウェブサイトを紹介する、というものになりそうです。機会を賜りました事務局長、ありがとうございます。

 ちょうど先ほど、初回の原稿を「ルノアール」にこもって書きました。ルノアールは無線LANが入るし、電源も使えるので重宝します。アイス珈琲一杯510円もするのは残念ですが。

 問題なく受理されれば、、おそらく11月1日発売の12月号からになるのではないでしょうか。

 ブログのデザインを改良したのはその為だったりもします。少しはこのブログでもお上品に立ち振る舞おうかなと。

 さあ、今すぐ購読を!

小泉純一郎と格差問題

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0808kaiken.jpg 小泉純一郎元首相が引退だそうで。いろいろご批判もあるのでしょうが、私はとても大好きな政治家です。少なくとも私がモノゴコロついてからの総理(中曽根以降)の中では一位だし、現在の国会議員の中でも一二を争う人物です(ちなみにもう一人は民主党の枝野幸男さん)。

 私が小泉さんに学んだのは、青臭い表現ですが「信念の貫きかた」というもの。自分の政策に反対する者を「抵抗勢力」と命名し、森喜朗の声に耳をかさず「おれの信念だ、殺されてもいい」と衆議院解散を決行。郵政民営化に反対した議員は公認せず、昨日の仲間に刺客を送り込んだあの一連の立ち振る舞いです。信念を貫くには、こうした、少々人にぶつかっても「ごめんよっ」と突き進んでいくようなところがないといけないんだと思います。そういられるためには、不要なしがらみをつくらないこと。

 政策面でいうと、私は反戦反米なので安全保障の面では不満もありましたが、それ以外の、いわゆる市場原理主義、小さな政府については大賛成です。彼を象徴として「格差問題」が語られますが、彼は「格差が出ることが悪いとは思わない」と発言し、結論づけています。

 私も同じくです。「格差」を安易に問題にする人の中に、最下層の生活の問題と、それ以上の中流から上流の差の問題とを混同している人がいます。ネットカフェ難民、ホームレスみたいなのは前者で、ホリエモンだの村上ファンドだのは後者です。

 前者は、日本国憲法第25条が「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と明記していますから、「健康で文化的な最低限度の生活」は国が提供しないといけません。立法的にこれを実現しているのが「生活保護法」だと思いますが、現行の生活保護法が「健康で文化的な最低限度の生活」を提供できているかどうかの検討は必要です。この話は私もわかる。

 ところが、もう一つの、超お金持ちが増殖する一方で貯金ゼロの家庭が20%ある、といった類の話は、資本主義として当たり前のことで、その差が従来より開いたのは、産業構造の変化であって、「悪いとは思わない」ということになります。

 世の中は金だけじゃありません。贅沢はできなくても、健康に、文化的で、豊かな日々を送っている人はたくさんいます。「いや、俺はやっぱり金持ちになりたい」という人はなればいい。99%の庶民が踏み出せない一歩を踏み出したから、彼らはお金持ちになったのです。なりたい人はそうすればいい。それだけのことです。

 自由であるということは差があるということです。個人の才覚、夢、希望、幸福観を、誰にも邪魔されることなく追求できる。私は違いますので分かりませんが、きっとお金持ちは、人と比べたりしません。「格差が開いている」なんて言って人と比べている間は、いつまで経ってもダメに決まっています。

 そもそも、格差問題をメシの種にしている政治家や評論家に付き合っていちゃいけません。彼らを見ると、信者を獲得したいが為に世界の終わりを説く悪徳宗教家のように思えます。それならまだ、どうやったら金が稼げるようになるのか、どうやったら健全な家計になるのかといった、書店に数多並ぶ怪しげなマネー本のほうが良心的だと思うくらいです。

 さよなら純ちゃん、また会う日まで。皆さん今宵は純ちゃんのあの鬼気迫る「ガリレオ・ガリレイ会見」を観てあげてください。この会見のハイライトは、質疑応答の中にあります。ここまでの覚悟と度胸を持って決断をできた首相を私は知りません。

多くの自民党の皆さんから、よく言われたことであります。自民党が分裂して選挙に勝てるわけがないじゃないかと。だから、否決されても解散するなと。(中略)しかし、私は今国会で成立させると。(中略)自民党が分裂して選挙に勝てるかどうか。それは勝てないと思っている方もいるでしょう。私も率直に言って、選挙はやってみなければわからないと思います。しかし、この選挙を、私は郵政民営化賛成の勢力と協力していかなければならないと思っています。郵政民営化反対の勢力と協力することはありません。(中略)過半数を得ることができるように全力を尽くします。(中略)過半数を取ることができなかった、と言って、郵政民営化に反対の勢力と協力することはありません。自民党と公明党が国民の審判によって過半数の議席を獲得することができなったら、私は退陣します。

健康診断 2008

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 今日は健康診断でした。30歳を過ぎてから3度目なので、バリウムでの胃の検査も手慣れたもの。元来、炭酸飲料ばかり飲んでいますから、バリウムも、どちらかと言えばオイシイ部類です。

 結果はまだ分かりませんが、驚いたのは血圧が低いことと体重が減ったこと。血圧は、上が100いくつか、下が70くらいでしたかね。3-4年前、140の100くらいあったのですが。体重も56キロくらいでした。ピークは62くらいあったと思います。

 先日南さんに久しぶりに会ったときに、「痩せたね」と言われていました。自分では全く気がつかないのですが、さすが南さん。

 血圧は健康の証しですね。ストレスが昔より減ったのでしょう。万病のもとはストレスです。ストレスフリーな日々はいいものです。

 写真は昨日の朝食と夕食。最近の朝食はvaluecommerce青汁と豆乳のブレンドです。昨日の昼はマクドナルド、夜はラーメン。うーん、健康に悪そうです。

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南直哉師「仏教・私流PartII」第14回

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 今日は赤坂・豊川稲荷で私の戒師である南さんの講義でした。7-8月がお休みだったので、お会いしたのは久しぶり。

 現在、中国仏教まっただ中、華厳経あたり。月に一度、既に数年を掛け、通史で仏教を追っています。「宗教的会合」色は皆無です。「個人情報」を取られることも、発言を求められることも、無理やり茶話会をすることもありません。「勝手に喋っているので聞きたい人はどうぞ」という感じですので、興味ある人はご遠慮なくいらしてください。

 さて、付随する話から一つ。

 聴講者の一人が「●●先生の『正法眼蔵』の本が送られてきたのだが、南さんの『正法眼蔵』の本と併読するのは困難か?」という趣旨の質問しました。それぞれの本は「立場」─南さん風にいえば「問題の設定のしかた」─が異なります。

 誤解を生まないように、回答を引用することはせず、私の言葉で語りますが、南さんの回答と同様です。

 私もこんなことをしていると尋ねられることがあります。どの本がいいか、どの坐禅会がいいか等等。

 すべての本は、しょせん「参考」書です。もちろん南さんの本も含めて。「参考にする」という意味においては、どんな本も読んだらいいと思います。しかし、それらを比べて、どちらが正しい、より真意に近い、と考えることは無意味だということです。

 この手のものに興味を持つ人は、どうしても優劣をつけたがります。「答え」を探すために本を読むという、長年のお勉強の弊害でしょうか。

 「●●先生の考えたこと」をいくら理解しても、駅名暗記少年と変わりません。それよりも、自分の目的地にたどり着く電車の乗り方を身につけないと。

 仏教の話でいえば、究極的には、テクスト(原典)を自分なりの視点で読んで、自分なりに得るものがあって、それが自身の生きていく糧になれば、それでゴールのはずです。一宗教者としては、それが加えて他者の役に立てば望外の喜びということでしょうし、アカデミックな世界では、その自分なりに得たものを人文科学の作法で論じるということで、いずれにしても、誰か他の人の話を金科玉条の如く有り難がるというのは無益なことです。

 もちろん、時間は限られているので、より参考になりそうなものを事前にリサーチしたいということなら了解ですが、本の中に「答え」が隠れていて、より高いレベルの「答え」にたどり着こうとするのは間違いなく時間の無駄です。「仏教検定」(あるらしいです)に合格したいという目的なら話は別ですが。

 ワタシにとっての仏教がなんであったかは、ワタシの生涯を通じて証するものです。人や本は、その学道の、参考、ペースメーカーのようなものとして使うのが適切な使用方法だろうと私は考えます。

カード紛失

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 丸36時間くらいでしょうか、このサイトが止まっていました。このサイトはともかく、一部ビジネスで利用しているサイトも止まったので困ってしまいました。

 背景には、クレジットカードとキャッシュカードが一体型になった銀行のカードを紛失したことがあります。8月の下旬でしたでしょうか紛失しました。

 再発行にもクレジットカードだから3週間くらいかかりまして。その間にレンタルサーバーの料金が未払いになったので止まってしまった次第です。

 私の預貯金の全てはここに入っています。しかも日常に使うクレジットカードもこれなんで、たいへん困りました。家にお金は置かないので、ほんとに紛失した瞬間は残金140円になりました。130円で電車に乗って、そばに住む友だちににお金を借りました。

 少しは分散させておかないと危ないですね。

世界同時株安と長期投資

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20080916-00000008-jijp-bus_all-view-000.jpg  写真は六本木ヒルズに燦然と建つリーマン兄弟の碑。日本法人も民事再生だそうで。

 私個人は最近は市場と距離を置いてますので、世界同時株安もさして関係ありません。個人型確定拠出年金の非課税枠で投資してるくらいで、課税所得の中から(わざわざ)投資する気はありません。するにしても海外の口座を使いたいですから、ホイソレと機動的には動けません。

 当たり前のことで、リーマン兄弟が破産・民事再生したって世界は沈没しません。リーマン破綻→金融危機→世界は破滅だ! という人は会社を辞めて旅に出ましょう。いくら「全面安」といっても、株価は買う人がいるから値が付く(寄り付く)のです。

 そんなわけで、こういうパニック相場は「永遠のブル論者」にとっては絶好の買場です。「永遠のブル論者」とは(造語です)、「株価は、短期的には乱高下するが、中長期的には未来永劫上昇していく」と考える者で、私もその一人です。この論者になる為には二つの前提があって、1.資本主義は永遠に発展する、2.株価は企業の業績に連動する、これにYESと答える必要があります。

  1. 資本主義とは、人類の偉大な発見「金利」によって、お金がお金を殖やす、お金の自己増殖のメカニズムです。原理的に、借りた人は貸出金利以上の利益を産むことを要請されます。
  2. 1.で貸出金利以上に儲けた企業の株価が、その儲けに連動して上昇するということです。株価収益倍率が一定の範囲に収束すると言い換えることもできるでしょう(株価収益倍率=株価÷一株当たり利益)。

 この二つにYESと答えられる人は株式に投資するべきです。2.にYESといわないのは単なるテクニカリストですが、1.にYESといわない人は、すぐに会社を辞めてやはり旅に出るべきです。あらゆるビジネスは1.の前提の上に成り立っています。

 ところで、「永遠のブル論者」が行き着くパターンに「長期投資」があります。株価は中長期的には上昇するのだから、目先のことを気にせずにゆったりと投資しよう、というスタンスめいたものです。元祖「さわ●みファンド」、そのパクリ「セ●ン投信」、このあたり。

 私も長期投資には賛同しますが、但しそれは、確率を収束させれる為の手段で、それ以上それ以下ではなく、「投資哲学」なんて仰々しいものではないだろうと思います。それどころか、多くの長期投資論は、単に、「ゴールを設定せず、いつまでたっても負けを認めない」だけのもののように思えて仕方がありません。株価が上がれば「順調だ」といい、下がれば「安く買えた」といい、暴落しても「僕らは長期だもん」と言っていたのでは、ビジネス・競争の土俵に上がっていない。「いつ、どうなる」のかをちゃんと設定しないとね。

 今40歳の人が、老後を考えて日経平均に投資するとしましょう。今から約20年前、1990年の年初に日経平均に投資するとどうなっているか。お金は三分の一に減ったままです。ま、バブル最高値を引き合いに出すのはちょっと意地悪かもしれませんが。日経平均が3万円台後半に回復するには、いったいどれくらい長期投資したらいいですかね。

 単に「長期」の一言で結果の判断を先送りするのは怠慢です。人生は期限のあるプロジェクトです。2100年に資産が100倍になるなら、今日あのパチンコ屋のあの台に突っ込む方が賢明なこともあります。長期投資論者は、「時間を味方に」と言うわりに、「結果を先に延ばせば価値は減退する」ことを疎かにしがちなところがあります(経済学的に言うと「現在価値」に換算できていないということ)

リーマン兄弟

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 はじめに申し上げておきますが、僕はもうそれほど長くないかもしれません(笑) 異様に疲れています。

 三連休だったのですが、金曜日の夜、確か深夜3時くらいに寝ました。で土曜日。ゴロゴロゴロゴロして、結局起きたのが19時半くらい。六本木にお呼ばれしたので六本木で夕食を食べました(その日唯一の食事)。日曜日、昼に起きましたが、昼食を食べた後、15時くらいから延々とお眠り。起きたのは今日月曜日の11時くらい。つまり、土日で計2食しか食べていません。次眠ったら起きないんじゃないかと思うほどです。

 さて、木曜日だったかな? MBAに通う女史と夕食をしていて、経済談義に花を咲かせました。どうして貴方はそんなにファイナンシャルを熟知しているのかと言われるのですが、要するに、好きなもんで。

 昨今の話題と言えばリーマン兄弟でしょう。六本木ヒルズに務めていたときに同じエレベーターでした。いかにも頭が良さそうな、それでいて、単なる「真面目」ではなく、プライベートも華やかそうな方々です。「青山学院」なんて、きっと彼ら彼女らにしたら専門学校みたいなものでしょう。

 そんな彼らが、6-8月の三か月で、4200億円の赤字を計上するといのだからぶっ飛びです。

 だいたい、通常の商売の場合、たかが3か月で4200億円も赤字になる方が難しい。単純に割り算をすると1週間で300-400億の赤字ということですから。そんなことになる前にとっくに手は打たれています。

 しかし金融の世界はそうはいかない。超スーパーエリートが弾きたしたほぼ間違いない取引(ディール)に、レバレッジ(要するに借金)を掛けてお金を突っ込む。ヘッジファンドの構造なんか見ると面白いですが、たった数か月で元手が何倍にも増えて行きます。

 ところが、ごく稀に、計算が外れてしまうのですね。今回で言えばサブプライム。ま、あと、華々しいヘッジファンドの破綻と言えば、ノーベル経済学者が集まったLTCM(ロングタームキャピタルマネジメント)がアジア通貨危機でぶっ飛んだ例でしょう。スーパースターが挑み続け、そして敗れ去って行く歴史です。

 年初に60ドルあったリーマン兄弟の株価は、今は3.6ドル。先日、時価総額を見たら、家具のニトリよりもずいぶん下にありました。いっちょ買い出動しようかなと思ったのですが、今日のニュースでは、どうやらもうダメっぽいですね(破産法申請の見通し)。

 けど、ああいう外資の金融マンはみんな賢いので、すぐに職は見つかるのです。というか、賢いヤツは既に離れているでしょう。

 山一証券が潰れたときに、「社員は悪くありませんから」とお涙ちょうだいの映像がありましたが、あんなこと言ってちゃダメです。自分の身は自分で守る。会社がダメそうならとっとと見切りをつけて動くのが賢いリーマンというものです。

儲け話

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 本当は書きたいことが別にあって、その余談で書くつもりだったことが長引きそうなので、本日はその余談を本題に。

 以下、「本題から逸れますが」という注釈の話のはずでした。

 銀行屋だったり保険屋だったりの「資産運用アドバイス」の類をくれぐれも本ブログ読者諸兄は信用しないでくださいね。立場を置き換えれば明らかなように、自身の手持ちの「商品」を売ることしか考えていません。それが「悪い」と言っているのではなく、金融機関の「営業マン」が単に「アドバイザー」を名乗っている構造上仕方ないのです。

 私はそのような話を振られると、

  1. あなたの資産運用の成績を教えてくれ
  2. 相談料を払ってもいいので、あなたの会社の商品ではなく、全てのソリューションの中から話をしてくれ

と言います。そうするとだいたい話は続きません。もっと率直に言えば、「俺に資産運用の話をする以上、当然俺より資産あるのだよね?」ということです。

 「その業界に務めている=プロ」という見方をする人がいて、まぁ、それはそれで当たっているとしても、ここにトリックがあるのは、「資産運用アドバイザー」は「資産運用のプロ」ではなく「商品を売るプロ」だということです。従って、いくら資産運用アドバイザーの話を聞いても、営業術を学ぶことはできても、資産は運用されないのは明らかです。

 「資産運用のプロ」が、そもそも、私ごときのところに、わざわざ時間と交通費を使って無料で話しをしに来るわけがないのです。というか、サラリーマンをやっている必要もない、資産運用のプロなら。

 こういう当たり前のことが、なぜか金融の世界ではみな騙されます。「サラリーマンが地下鉄に乗ってやってきて、ロールスロイスに乗る大富豪にアドバイスをする」と皮肉されるところです。

 結論として、科学的には、資産運用の領域において、「世界の経済成長率を超えて儲けることは不可能である」ことが証明されています(ノーベル経済学賞の論文にて)。

 もちろん、科学とは別の、「ラッキー」はあります。世に出ている「こんなに儲かった」という本は、「ラッキー自叙伝」であって、その通りにやるとみんな儲かるわけではありません(「再現性が無い」ということ)。つまり、「私はこうしてロト6に当たった」というのと変わりがありません。

 こういう話をしだすと、購買力平価(所謂ビックマック指数とか)とか、効率的市場仮説とか、アービトラージ(裁定取引)の考え方とか、話したいことが止まらなくなるのでこのへんで止めますが、要するに、科学的には、「儲け話」は無いということに帰結します。

「僕はあるいは楽観的すぎるかもしれない。でもそれほど馬鹿じゃない。」

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 とある評論家が自殺したそうで。私は、自殺は、「『するべきでない』とまではいえない」と思っています。「生きる」「生きない」「死ぬ」「死なない」はベキ論ではなく、「選択」「決意」の問題ですから。「死ぬべきではない」いかなる御託を持ち出しても、「あなたはそう思うのでしょうけれど。」の域を出ません。

 かくいう私は、現段階では、我が人生、自殺をすることはないと思っていますが、それは「生きてゆこうと思っているから」に過ぎず、生きることが論理的あるいは倫理的に正しいと思っているわけではありません。無意味、無根拠に、そう決めているだけです。

 さて、「僕はあるいは楽観的すぎるかもしれない。でもそれほど馬鹿じゃない。」、村上春樹の小説の一節です。

 この物言いは、オプティミスト(楽観主義)とペシミスト(悲観主義)、インテリと馬鹿という2軸に分けて語られています。

2008090901.gif

B=ただの明るい人
D=友達になりたくない最悪タイプ

 これは分かりやすいですね。

 Cは深く思い悩んで自殺しちゃうタイプ。

 そして、Aが、「楽天家だけど馬鹿じゃない」エリアです。

 私もこのエリアにいたいものです。自分でインテリというほどに馬鹿じゃありませんが、それほど馬鹿じゃないといえる程度にはインテリでありたいものです。

 仏教、ことその原型は、ネガティブに捉えられる事もあるわけですが(例えば一切皆苦)、決して仏教は悲観主義ではないと私は思っています。

 賢明に世の無常を見、怠ることなく生きる力を養う。

 私の汲み取るものは、そういうものであります。

住民税を払えの巻

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 社会保険庁の事務のように、うまいことゴミに埋もれてくれと願っていたのですが、残念ながらやってきました、住民税の納付通知。転職や独立する人が注意しないといけないヤツです。

 会社の給与天引きで気にしていなかったものを、自分で払わないといけません。

 「気にしていなかった」ものを「意識的に払う」だけなら気持ちの問題なのでまだいいですが、収入構造が変わった場合はイタイです。

 住民税は、「昨年の年収に基づいて算出したものを今年払う」仕組みなので、独立や退職して、しばらく収入ゼロだったりしても、昨年の収入に応じてガッツリ払わないといけません。

 私には、残り半年で2回に分けて三十何万払えとのこと。世を捨てるタイミングならこれくらい余裕で踏み倒しますが、もう暫くは世俗にいないといけないので、払いますけどさあ。

 昔読んだ『暮らしてわかった!年収100万円生活術』という本に、「出来るだけ外でトイレを済ます」という「教え」が載っていました。水道代節約のため。そうだそうだ、公衆トイレをもっと使うぞ〜。

泉岳寺

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 土曜日、泉岳寺に行きました。一応こう見えて仏教徒なので、引っ越してきたそばの著名なお寺ということで。芝浦にも住んでいたことがあったので馴染みの地名でありますが、行ったのは初めて。

 赤穂浪士がどうのこうので、大石内蔵助、吉良上野介云々。恥ずかしながら、「忠臣蔵」を私はよく分かっていません。どっちが何で、何で争って、どうしたのか、よく知りません。「新撰組」も同じく。幕末話には疎いです。

 お寺そのものは決して大きくはないのですが、門前には微妙にお土産もの屋さんも並んでいたり、さすがは歴史あるお寺でした。自宅に置くお札を買ってまいりました。

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エスコーツ ライブ

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 昨日はまた、知り合いがプロデュースしているエスコーツのライブ(@六本木)に行ってきました。60-70年代のソウルをやってます。皆さんもツイストしてますか?

エスコーツ

自民党大逆転のシナリオ

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 福田さん、ずっこけですね。

 ま、それほど難しい話ではなくて、要するに、「福田じゃ選挙に勝てない」ということでしょう。8月2日に内閣改造を実施したものの、支持率上がらず、どころか、農水大臣に再びスキャンダル。万策尽きました。そういう意味では、適切な辞任でしょう。

 焦点は、総裁選挙を盛り上げ、勢いそのままに解散総選挙のシナリオをいかに描けるかに絞られました。

 私は、小泉純一郎は好きだけど、自民党支持者ではありません。小泉のとき以外は自民党に投票したこともないです。

 が、仕方ないので、自民復活のシナリオを教えてあげましょう(笑) 野田聖子総裁、これしかない。

 麻生太郎は、結局、傍流の変わり者としては存在感があるけど、いざ表に立ってしまうと、ただの人に転落する可能性大。小池百合子は、エレガント感を拭いきれない。

 野田聖子はやりおりますよ。彼女の、勝負どころで出すアドレナリンは凄いものがあります。そりゃ、小泉爆勝の選挙で、刺客・佐藤ゆかりを無所属で破った力はただものではない。よくも悪くも、きわめて政治家らしい政治家でしょう。

 あとは、最強カード、小泉純一郎をどこでどう使うかです。切った小泉、切られた野田をどう結ぶか。作家の腕の見せ所です。

 そんな今日は野田聖子氏48歳のバースデーらしい。出馬表明すればいいのにね。

野田聖子

パソコン遍歴

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 大学1年生になったとき、入学祝いではじめて大学の生協でパソコンを買ってもらいました。ハードディスクが210MB。なんだそれ。今日のアダルト動画だと10分くらいしか入りません(笑)

 それからかれこれ14年ということになりますか。そんなわけで私が使ったパソコンを思い出してみました。カシオが汚点ですね(笑) 思い出深いのは、Libretto20VAIO Type-U(初代)かなあ。衝撃的でした。

 記憶に漏れが無ければ今のmac bookで10台目のようです。うちノートが8台。今のmac bookは大きいノートですが、昔から、小さいノートにフルスペックのWindowsが積んであるものが好きでした。

 大金持ちになったら、あらゆる物を、大きくしたい人と小さくしたい人に分かれるそうです。私は小さくしたい側ですね。車でもなんでも、ドデカイものより、ちっちゃいないかにイロイロ詰まっているのが好きなのです。

NEC PC-9821Cb
東芝 DynaBook SS475
東芝 Libretto 20
ソニー VAIO C-1
ソニー VAIO TYPE-U(PCG-U1)
カシオ FIVA205
デルのデスクトップ
東芝 Libretto L1(だったかな?)
東芝 Libretto U100
アップル MacBook

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