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ハツコヒ

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 日本記念日協会なる団体があるようです。登録料は52,500円、登録証は31,500円だそう。

 さて。4月30日は… モノゴコロついてからのハツコヒ(初恋/松山千春風に)の子の誕生日ですね。

 私、あまり人の誕生日を覚えられません。付き合った人でも覚えていません。なんだったら実家の家族の誕生日も危ういくらい。

 けど、ハツコヒの子は覚えていますね。小中学校の同級生のKちゃん。初デートも彼女といきました。小学校4年でしたかね。東京は昭島市に「昭和の森」というテーマパーク的なところがあるのですが、当時ここに「迷路」がありました。お金を払って迷ってみようという企画です。これが初デートでした。

 そんなKちゃん、今どこでなにをしているのでしょう。私の地元は、「映える子はヤンキーになる」というのが常識でしたので、彼女もご多分に漏れず、17-18歳位で未婚の出産をしました。その後、(別の男性と)結婚されたところまでは知っていますが、そのまま幸せな家庭を築いているといいのですが。

 皆に幸あれ。

言動に対する批判とか抗議とか

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 私が18歳時分に学生だった青山学院大学の准教授の発言が話題になっているようです。確かに、あまり優等ではないモノの言い方をしています。

 ある人物の言動について、「批判」や「抗議」が殺到し、結果、当該人物が社会的制裁を受けるという事例が昨今目立ちますが、ちょっと一度冷静に考えてみませんか。

 「瀬尾佳美」という人物が、光市事件について、「死者は1.5人」「元少年が殺されれば遺族は幸せ」と書いた。ファクトはこれです。これについて、青山学院大学に抗議、批判をする。その意味というか趣旨は何なんでしょう。

 世の中、いろんな人がいます。例えば、私はかねがね書いているように死刑に反対です。光市事件についても同様です。麻原彰晃でさえ死刑にするべきではないと即断、即答します。これは私なりの思想、信条に基づく意見です。一方で、殺人なんか犯す者は、全員死刑にしろという人もいるでしょう。それはその人の意見です。意見の述べ方、モノの書き方にも、それぞれスタイルがあります。柔和な人もいれば、挑発的な人もいる。

 ところで、言動を正される代表的な人々は政治家です。何故か、それは「公人」だから。税金をもらう者として言動が正されます。橋下徹・大阪府知事はそのところをよく貫かれていて、知事になってからは偏った個人的見解を述べなくなった。

 さて、くだんの瀬尾佳美とかいう准教授。この人は公人ですか? 青山学院大学の准教授は公人なのでしょうか? 私はそうは思っていません。

 従って、大学内部から自発的に、このような見解を持つ者は一私学の我々の精神として相応しくない、というなら分かります。そうではなくて、外部の者の、侮辱罪や名誉棄損といった違法性を指摘することもなく、単に「変なことを言った」というだけの抗議に大学が屈するのであれば、私にとってはそちらの方が青山学院も地に堕ちたりと思います。

 たとえ世界中から非難を受ける見解であったとしても、公人でもなく違法性もないのなら、思想、信条、表現の自由を優先させるべきだと私は思っています。人が、何にも制約されることなく、自由にモノを考え、意見を持ち、それを発表することができるということ。これは、我々のじっちゃん・ばっちゃんたちが、長い歴史をかけ、血を流し、命を賭して獲得した叡智です。とてもとても大切なことで、その時々の世論だとかマスメディアだとかに侵されてはいけません。

追放ウェーバー制度

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 光市母子殺害事件で死刑判決が出ました。ま、想定されていたことではあります。

 ずいぶん昔から、私は熱烈な死刑反対論者です。死刑ばっかりは論理的に飛躍していると言い続けています。「ある社会のルールを破った者への措置の限界は、その社会からの追放である」と。生命体の息の根を止めるのは飛躍であり、力の乱用です。

 そんなわけで「島流し論」などを真面目に述べてきたのですが、もう一つアイデアが。「追放ウェーバー制度」です。野茂英雄投手が球団を解雇され、ウェーバーにかけられるそうです。要するに、「誰かいります?」ということですね。

 「社会追放」になった人をウェーバーにしてはどうでしょう。日本には二度と足を踏み入れられない彼・彼女も、どこか別の国では役に立つかもしれません。もちろん、どこの国からもお声がかからないこともあるでしょう。また、人身売買になってはまずいですから、本人の意思も尊重しないといけません。そんな条件なら死刑になった方がマシだ、とか。そのときはそのときです。

 判決当日に何を茶化して、と叱られるでしょうか。

 や、私が言いたいのは、「死刑を避ける努力を最大限にするべきだ」ということなのです。生命を無駄にしない、死刑にしなくても済むありとあらゆる可能性を模索しろと。

 いやいや。そんな大切な生命を奪ったヤツだから死刑にするんだよ、と言われるのでしょうか。それは、目には目を、の発想です。誰かが負の連鎖を止めないといけない。

 欧米は人間の上に「神」を置きますから、その意味で死刑は人間が人間に対してとり得る選択を越えていると解するのでしょう。私は神を置くわけではありません。社会や法は、縁起的に仮に成立するものであるという立場で、死刑は飛躍していると考えるのです。

「お昼」は「午前12時」か「午後12時」か?

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 3月末のことですが、四半期お疲れさま会でリッツ・カールトン東京「フォーティーファイブ」にランチに行きました。

 ホームページから予約したのですが、時間を記入する欄が、「1から12」までの数字と「午前か午後」で選ぶ仕様になっているのです。

 はて。「0」があれば、当然、「午後0時」ですが、選択肢は1-12です。「正午は、午前12時なのか、午後12時なのか」、暫く考え込んでしまいました。

 結果、私が出した答えは「午前12時」。そしたら、予約確認のメールで「午後の12時ということでよろしかったでしょうか?」だって。正されちゃいました。いやいや。私のロジックはこうです。

・「正午=午前12時」とした場合(私の答え)

午前11時59分59秒 → 午前12時00分00秒(正午) → 午前12時59分59秒 → 午後1時00分00秒 --→ 午後11時59分59秒 → 午後12時00分00秒(深夜0時) → 午後12時59分59秒 → 午前1時00分00秒

 時間の部分だけ抜き出してみましょう。

前11→前12→後1--→後11→後12→前1

 キレイに、「前1から始まり前12が終わったところで、後1へ」という流れになります。一方、

・「正午=午後12時」とした場合

午前11時59分59秒 → 午後12時00分00秒(正午) → 午後12時59分59秒 → 午後1時00分00秒 --→ 午後11時59分59秒 → 午前12時00分00秒(深夜0時) → 午前12時59分59秒 → 午前1時00分00秒

前11→後12→後1--→後11→前12→前1

 どうですか。アベコーベエのゴチャゴチャです。

 正午や深夜0時を「境目」にしたくなるから、そこで「午前」と「午後」を切り替えたくなる錯覚に陥っているんだと思います。「0-11」ではなく、「1-12」を採用した時点で、境目は「1」で構わないのです。

 今でもリッツカールトン東京より、私の方が正しいと信じて止みません。

最近スーツ

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 最近スーツの日が増えています。着ているスーツやシャツは、どれも仕立て上げたものです。「既製服を着る意味がわからん、体を服に合わせにいってどーすんの。服を体に合わせて作らないと!」が口ぐせです。

 職場で、あまり、や、まったくスーツを着ないできたものですから、スーツを着ていると「面接?」「転職活動?」と揶揄されます。面倒なので、「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」((c)皇太子殿下)と答えるようにしています。

 さてそんな昨日もスーツでした。何を隠そう、単にデートです。ZUTTO あたためてきたあの子と素敵な場所へ行きました。また一つ、冥土の土産が出来ました。

 私の思考パターンなんてそんなものですから、無益な詮索などなさらず、皆さんそれぞれの時間を大切に。

花まつり

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 あら、ちょっと空いてしまいましたね。

 とくに変わらず、楽しい毎日を送っています。が、今日は風邪をひきました。

 ちなみに、今日4月8日は、ゴータマ・ブッダの誕生日とされています。「花まつり」と言います。

 仏教のモノの観かたからすると、「生誕」というのは祝うべきことなのかどうか疑わしいですが、まぁ、固いこと言うのはやめましょうか。

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