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結婚式

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 今日は、カワイイ部下の女の子の結婚式でした。一つ上の位の上司も出席していたので、私はスピーチをする必要も無く、気軽に楽しませてもらいました。黒の礼服(略礼服)をレンタルして、前日には靴を磨きあげ、スリーピークにポケットチーフを挿し、フォーマルに。

 まぁしかし、あの新婦の、お父さんお母さんありがとう的なくだりは、もれなく“きちゃい”ますね~。勝手にお父さん気分になってるんでしょうか。そもそも、その前の“ウェディング・キッス”からして、「アッ」と直視できなかったりします(笑)

 ともかく、素敵な結婚式に呼んで頂きました。

 さて、かくいう私は独身なわけで、最近、既婚の先輩男性陣と飲みに行くと「結婚せえ」と勧められます。どうも、結婚そのものにはまるで関心がありませんが、結婚「式」は、一度やってみたいと思います。

 ごっついのやりますよ、案外、私は。クジゴジ(9時から17時まで)で開催させて頂こうかと思います。そうですね~、帝国ホテルで挙式と披露宴。披露宴では、産まれたときから編年体で、じっくり時間をかけて7~8人のスピーチも交えつつやらせてもらおうかと。その後、竹芝ふ頭からトワイライト・クルージングにお越しいただきます。

 新婦候補に名乗りを挙げる方がいれば、ぜひ。あ、残念ながら、「仏式」になろうかと思います。

どこかに置いてきた「ナニカ」

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 私、スポーツは自分じゃやりませんが、見るのは大好きなんです。

 そうそう、スポーツ見てて思うんですけど、あれに感動する私は、オトナになる過程でどこかに置いてきた「ナニカ」を蘇らせるんでしょうね。

 世界陸上で朝原に泣きました。いつも必死の形相で走る朝原の数メートル前に、横をチラ見しながら流す黒人選手がいます。日本No.1として世界に挑み続けた朝原が最後に残した言葉は、「幸せだった」。

 その、茶化すわけじゃないのですが、よ~~~く考えてみると、実は「可笑しい」のです。35歳の子持ちのパパが、ランニング来て、100メートル本気で走ってるんですよ。で、勝った負けたって、泣いている。

 よ~~~く考えてみると、可笑しいですよね。あってはならないことです。私がクラウチングスタートの格好でもしたら、失笑が起こるんじゃないでしょうか。

 どこかに置いてきた「ナニカ」、それを持っている彼らに、私は感動をするんだろうとと思うわけです。サラリーマンで、結果が出せなくて、泣ける人って、なかなかいないでしょう。

 昨日は古田敦也・引退。ポジション柄、派手さはありませんでしたが、球史に残る名捕手でしたね。選手会会長としても、あのストライキ突入を決行した、涙涙の名野球人。

 十分な富と名声を得ながら、それでもなお、涙の理由を問われて、「寂しさよりも悔しさ」という。オトナの私のパラダイムでは、野球は、成功するための「手段」なんですが、彼らは、最初からか途中からかは別として、野球そのものが「目的」になっている。どこかに置いてきた「ナニカ」、を感じます。

20070920

タフネス

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 今は昔、「大阪世界陸上」あたりまで遡って、いろいろ書きたいことはあるのですが、どうも最近は忙し目です。

 安倍さん、ヤマイだということで勘弁して欲しいのかもしれませんが、やっぱりね、あり得ない辞め方でしょう。

 暫く前、「鈍感力」が流行りましたが、そういうことです。鈍感というか、「タフネス」さが、この世でやってこうというなら、あったほうがいい。

 どんなヤツとも、どんなコトも、なにがあろうと、持続的に成果を出し続けられること。成果とは、或る局面で、期待すること、期待されることに応えることです。

 タフネスの源泉は人それぞれあると思います。小泉純一郎は「熱意」だったのかもしれません。

 私も案外タフですが、それを支えているのは、「基本的にナメテいる」ことです。私の身の回りに起こっていることのほとんどは、究極的には「どうでもいい」ので、「どうにでもできる」のです。ホンキ出さないといけない局面は、ほとんどありません。こんな「やり過ごし方」もあるんじゃないかと思います。

東京ミッドタウン「ニルヴァーナ」

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 先週金曜日、午前中まで台風だったこともあり、日ごろは混雑してランチを食べられないミッドタウンも比較的空いていました。というわけで、「ニューヨーク発インド料理」というわけのわからない「ニルヴァーナ」に行きました。Buffetスタイルで2,000円。なかなかいい感じです。

 ところで「ニルヴァーナ」、ロックバンドも存在するそうで、単語としての認知度はわりとあるようですが、ご承知の通り、生粋のインド語です。サンスクリットでnirvANa(A=aの上に横棒、N=nの下に点を打ちます)、パーリ語でnibbAna(A=〃)。

 原義は「消す」「鎮める」で、煩悩(kleza)を消した/鎮めた状態ということで、「涅槃」(ねはん)と訳されます。そう、かの沖雅也の遺書、「涅槃で待つ」の涅槃です。煩悩を鎮めた状態ですので、要するに涅槃とは、悟り/覚りの状態です。

20070901

 下は最近のネコさま。

20070902
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20070904

『千の風になって』

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 今さらですが、先日、はじめて詞をよく読みました。

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません

 センセーショナルですね~ 「墓に、私はいません、眠ってなんかいません」、本邦・仏教関係者は困ってしまいますか!?(笑)

 私は、敬虔な仏教者のつもりですが、私も、死んだら、お墓なんかにいません、眠ってなんかいませんよ。そんなところで拝まれても、なにもありませんので、俺の墓参りなんかするくらいなら本でも読め、と遺言を残そうと思います。

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