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自民惨敗

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 ごめんなさい、予告通り選挙は行ってません。

 自民党が歴史的大敗のようですね。争点云々の前に自爆してしまった、というところなんでしょうか(自殺した大臣や、赤城なにがし等)。

 個人的に与党が負けて辛いのは、株式市場が混乱すること(笑) 既に自民大敗は織り込んでいるはずですが、明日の市場、いやはや。

 選挙に行ってないくせに難ですが、「毎日ボートマッチ」というのをやってみました。質問に答えていくことで、どの政党の意見に近いが分かる、というもの。

 私の結果は… 順に、公明党(61%)、自民党(49%)、共産党(47%)、社民党(47%)、新党日本(47%)、民主党(42%)、国民新党(40%)だそう。オーマイ・ブッダ!(笑)

 まぁでも、私の主張は、

1. 市場原理主義 (市場に任せよ、国家の介入は最小限たるべき)
2. 平和主義 (せいぜい現状の自衛隊程度にとどめておけ)
3. 個人主義 (愛国心など大きなお世話じゃ)
4. たかが政治家、公務員が偉そうにするな (つべこべ言わず国民のために働け)

という4つくらいですから、公明、自民と続くのは、まぁ、わからなくもありません。

8月2日~5日、京都にいます

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 来週後半、8月2日(木)から5日(日)までは、大学のため京都にいます。3日、4日は午後の予定がとくにありませんので、現地でお会いできる方がいればどうぞお声お掛けください。

 今回で学部の授業はすべて終了なので、ちょっと贅沢な宿泊をします。2日-3日がウェスティン都ホテル京都、4日が京都ホテルオークラです。

 どうぞご贔屓に。(使い方違うか)

「受け入れる」ということ

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 昨日、「テージセー」という定時制高校の4年間を追った4週連続放送のドキュメンタリーの第1回を偶々見てしまいました。編年式ではなくテーマごとに編成しているようで、第1回はある一人の女性の物語。

 この学校(浦和商業定時制)、とにかくヘンチクリンで、先生が何も怒らないのです。授業を聞かずに携帯いじっていても、窓の外から授業を聞いていても、先生は何も言いません。職員室の奥や保健室を「たまり場」として開放していて、ウンコズワリしながらペチャクチャ喋ってます。
 ある一人の男の子が罪を犯して鑑別所に入っても、普通に生徒たちと相談をします。「鑑別所から出てきたら、またクラスに戻ってきてもいいか?」と相談するのです。その彼、鑑別所から出てきた後は、歌舞伎町でホストをやりだします(もちろん未成年)。けれど、叱りません。ホストをやって、けどうまくいかなくて、という彼の話をクラスのみんなと一緒に先生も笑いながら聞いている。

 曰く、「いずれは社会のルールを覚えてもらいたいが、この子たちにはまず居場所を作ることが必要だ」(要旨)という考えのようです。

 昔は定時制というと「働きながら」ということだったのでしょうが、今は違うそうです。いじめられていたり、不良だったり、要するに「問題児」が通っている。ですから、「枠」にはめようとせずに、まずは、学校を「居場所」にする。そういうことだそうです。

 ちょっと考えてしまいました。「受け入れる」ということです。

 「受け入れる」は、「認める」とは違います。認めたり否定するというのは「評価」「価値判断」ですが、受け入れるというのは、それをそれとして受け入れるのです。評価はしない。

 どんなに間違っていようが、正すべきことであろうが、現にそれはそうとしてそこに存在しているわけですから、まずは「受け入れる」ということ。

 そうしていれば、4年間という期間の中で、いつか、影響を与えられるチャンスがあるんじゃないかということです。それまでは、ひたすら受け入れて、待つ。

 思うに、シゴトでもプライベートでもそうですが、カチーンときて怒りたいときがたまにあります。けど、その大半は、「オレのメンツを潰された」とか、「オレになんて態度取るんだ」とか、オレの設定した「枠」からはみ出したことであったりとか、つまり、「オレ」に対してのことで怒っているんじゃないかと思います。そういうレベルで怒っていても、反発のスパイラルに突入するだけでしょう。

 現実に成立している事態を静かに受け入れ、いつか訪れるであろうチャンスを待つ。そんなことを思った昨日この頃でした。

選挙

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 選挙だそうで。私の選挙参加率は通算50%くらい。あまり興味がありません。

 公費を使って「選挙に行こう」みたいなキャンペーンも迷惑です。選挙は国民の義務(勤労、納税、教育を受けさせる)ではないですから。行こうが行くまいが勝手、なんです。

 「だれでもいいからお好きにどうぞ」というのが私の回答です。そもそも、政治家なんて「支持」したり選んだりするものじゃありません。余計なことしないように監視すべき対象です。

 さて、優勢だそうな民主党の末松義規という輩のブログが荒れているそうですね。

 被災地・新潟へ募金活動に行ったくだりを「平成の黄門様の渡部恒三代議士を筆頭にして、スケさんの古賀一成代議士、カクさんの私という珍道中でした」と表現したことが叱られているようです。

 「珍道中」はもとより、黄門様に喩えていることがもうセンスないですね。このオッサン、自分のことを「アラジン」と称していますが、どっちなんでしょう。ま、50歳を過ぎて、アラジンだのカクさんだの言っている時点で、もうダメポです。

 記事の後半は、中学生が1,000円募金したことを、大人でも100円しか入れないのに偉い、と表現。「金額の多寡かい!」とここもまた叱られているのですが、そもそも、オマエごときに「偉い」とか評されたくないものです。

 つくづくメデタイ存在です、政治家とは。

引っ越し

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 突然ですが、来週、引っ越します。といっても、同じ区内、歩いて15分くらいのところです。浄土宗総本山、曹洞宗宗務庁に至近です。

 メリットは、会社に乗り換えなしの3駅で行けるようになります。タクシーでも820円。それと、そもそも今のところは安~いところだったので、やっと相応のところに住むことになります。オートロック、テレビモニターインターフォン、床暖房、ウォシュレットトイレ、オートバス、24時間換気、浴室乾燥機… などなど。最上階の13階、「東京タワービュー」がウリの物件なのですが、その部屋は空いてなく、残念ながら「田町ビュー」です。

 で、今朝は、アート引越しセンターさんが見積もりにきました。アンチャンが来るのかと思い油断していたら、ダークスーツばっちりの新卒みたいな女の子が来ました。相変わらず節操ない値引き交渉をしてしまったので、決めちゃいました。

 夜は、新居で使うべく、ビックカメラで洗濯乾燥機と冷蔵庫を買ってきました。それぞれ選んだ後、「まとめ買いカウンター」に行くと待ちの行列が出来ていたので、そばにいた店員に、「これでいい(買う)んだけど、どうしたらいいっすかね?」と聞くと、「こちらでございます」と。

 「待ってる人いるみたいっすね?」と聞くと、「いえ、大丈夫です、わたくしが承ります」とカウンターへ直行。もろもろ書類を書くと、「レジが混み合っていますので、こちらへ」とのことで連れて行かれ、即支払い。名刺を渡され「ビックカメラの○○でございます。冷蔵庫と洗濯機で何かありましたらすぐにお電話ください。」とのこと。ほんとに電話しちゃうよ!? 最後は、周りの人がちょっと振り返るくらいなデカイ声で「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。」と深々と頭を下げられてしまいました。

 なんなんでしょ、善行の功徳のオーラでもでてきましたかのお(笑) 

「たのしく たのしく やさしくね」

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「たのしく たのしく やさしくね」 (作詞:華原朋美、1997年)

たのしく たのしく やさしくね
たのしく たのしく やさしくね
たのしく たのしく 泣くまでは

 うーん、31年ばかり、常に恋の一つや二つや三つ抱えながら生きてきましたが、なんだかこれに、あるべきオコト像が凝縮されている気がしました(笑)

 あ、別になにかあったわけじゃなくて、日曜日に連れ夫婦とカラオケに行って聴かされ、心に残ってしまっただけです。

 恋は理屈じゃないので、「清く 正しく 美しく」じゃなくて、「たのしく たのしく やさしく」。そう心がけたいものです。

ミッション、ビジョン、価値観

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 商売でモノを考えるときに、ミッション、ビジョン、価値観と、3つに分けて考えます。

 ミッションとは、昨日も今日も明日も提供し続けている、変わらないもの、存在意義。ビジョンとは、なりたい姿。よって、修正可能であり、実現したら次のビジョンを設定すればよい。価値観とは、日々の行動の規範、基準。

 こう3つに分けて考えることは、人生においても役に立つだろうと思います。その場合、下から組み立てていく方が簡単です。

 価値観。宗教や道徳、イデオロギーといったものはこの範疇でしょう。聖書、仏制、家族を大切に、人に迷惑をかけない、民主的に、平等に、王様に従う… 人の行動を規定するものが価値観です。

 ビジョン。来年のワタシ、10年後のワタシたち、老後はこんな感じで… 「人生の意味」なんていう壮大なものは描けなくても、ある将来、こんな風になりたい、ということは描けることも多いでしょう。

 ミッション。人生で難しいのはココです。営利社団法人は最初から目的を持って誕生しますが、残念ながら人の一生は、生まれたときから確定していて死ぬまで変わらない目的など持っていないと私は考えます。

 どうも、宗教に「熱心」な人は、価値観やビジョンとミッションとを混同していることが多いように思います。

 ミッションは無い、しかし、ビジョンと価値観はある。それでエエジャナイカ、というのが私の立場です。

「人生は、負けることのほうが多い」

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 江川卓くんが、たまにはいいこと言っていました。そう、「人生は、負けることのほうが多い」のです。

 夏の甲子園、沖縄水産の名将・栽監督が亡くなり、その意志を引き継いで県予選に挑んだ沖水ナイン。しかし残念ながら2回戦で敗れた始終のドキュメンタリーでした。

 私、こんな性格なので、中学生のころから、「部活動は無意味だ」と思っていました。費やす時間に対する期待リターンが低すぎるのです。

 全国レベルの大会にでも出られるのならまだしも、当たり前のように地方予選で負けている。その時点で、朝から晩までの練習は、ぜったいに「モト」が取れないのです。部活は見切って、勉強したほうがましです。

 今でも決して間違った計算だとは思っていませんが、但し、「人生は、負けることのほうが多い」ということが分かるようになった今日のこのごろ、青春をスポーツに捧げるのもいいことだ、と思うようになりました。

 ごく一部の例外を除いて、ことごとく人生は負けることのほうが多いです。負けて、凹んで、絶望して… それでも這い上がってくる「力」を養うことのほうが、勝てるゲームをし続けるよりも役に立つだろうと思うわけです。

「しょうがない」

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 久間・防衛相の「しょうがない」発言、こういう「失言」問題ってたまにありますね。

 ま、政治家なんてのはロクナモンじゃないわけですが、それはそうと、ちょっとオトナゲナイ気もします、みんな。

 だって、つい言っちゃって、ごめんなさい、ちょっと不適切でした、と謝罪したわけで、それ以上、何を言える、言う必要があるんでしょう。

 そんなことって、あるじゃないですか、人間。口が滑っちゃうこと、ジャスタミステイク。

 「公人たるものは、そんなこと言っちゃいかん」ということなんでしょうが、そういう考えかた自体、国会議員を過大評価しているんじゃないですかね。

 もともと、国会議員にしろ、大臣にしろ、ロクナモンじゃないんです。私たちとそんなにかわらないんです。

 久間くん、私より給料もらってるんだから、もうちょっとウマイコトやってね、という程度の話で、別の意味で、たいした話じゃないんですよ。

 騒いでるのを見ると、あのオッサンの一言が、そんなに我々にとって重大な意味を持つ、みたいな感じがして、かえってバカにされてるような気がするんですよね。彼がどういう歴史観を持っていようが、こちとらにはまったく関係ないし、興味もないんですね。少なくとも私は。

 失言だー、失言だー、って騒いでいる人は、彼が原爆を「しょうがない」と思っていることが、自分にとってどういう意味、関連性があるのかを、よく考えて欲しいのです。そんなに皆さんにとって久ちゃんは重要なんですかね?

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