サラリーマンは悟れるか、降誕会に寄せて
2007年4月 8日 | コメント(0) | トラックバック(0)
今日はSir.ゴータマ・ブッダ の生誕の日と言われています。お寺ではお祝い事をしていることでしょう。もちろんそんなことに出向くことなく、田町界隈で俗な生活をしている私。南直哉師に出会ったのが2003年の夏のこと。夢中に毎日坐禅に通った日々。それからたかが4年少々ですが、私になりに仏教に純粋に接してきたつもりです。当然、「私観」も変遷しながら。というわけで今日現在の我が仏教私観を、あっちこっち行きながら書いてみます。
「仏教は思想か宗教か」という不毛な問いがあります。「仏教は思想、哲学である」というのは、概してインテリな輩がそう言います。自分が仏教に触れていることを、俗にいう「宗教にはまっている」んだと思われたくないという程度のことだろうと、私は傍観してしまいます。
コメントに頂いたように、たとえば仏教の「空」という考えかたは、なかなか理解し難いものがあります。だからインテリな輩をもトリコにしてきたのでしょう。それは無ではありません。有無の対立を離れた空なのですから。空=無自性・縁起なればこそ万有が現成し得るということが1500年前に論証されています。
いずれにしても、世間一般の常識的な思考パターンを破壊することは確かです。すべては移り変わる、変わらぬものなど何一つない、すべては幻のようなもの… 仏教はそう言います。そこで、突如、虚無感に襲われる人がいる。忘れちゃいけないのは、そのような教説は、現象世界の「見かた」です。そこで止まってはいけない、肝心なのはその先です。つまり、世の中はそうだとして、その中で、どう自分は在ろうとするのか。幻のようなものなりに「ワタシ感覚」があるのは厳然としているのです。認識の土地の上に、どう主体性という建物を構築していくのか。そこに、実践的な、宗教としての仏教があるのだろうと私は思います。
しかし、とはいっても、空でも唯識でも何でもいいのですが、それをそのまま、いわゆる「悟る」ということは、まぁ、無理でしょう。たとえば、『唯識三十頌』にこういう文章があるよう。
一切は唯識であると理解しても、何ものかを眼前に置いている限り、心は唯識に安住していない。
唯識に、あるいは空に、「安住」した人が、まともな社会的生活を送っているわけはない。誰に喧嘩を売るつもりもないですが、「私は悟った」というのは、九割九分、ウソでしょう。
だからね、と口調が変わりますけど、「そうなのかなーーーあ」って理解して思うことと、実際の自分の在りようを、あまり厳密に結び付けない方がいいだろうと思うんですね、私は。素人がプロのモノマネをしたって仕方ない。サラリーマンが週に一回坐禅してね、悟れるわけがないんですよ、言うまでも無く。そう考えるほうが、仏教に対して失礼なこととさえ思う。坐禅はするなということじゃないですよ。気持ちの持ちようの話です。
興味を持ったら勉強してみればいい。体験したかったら、坐禅でも、念仏でも、やってみればいい。僧形になりたかったらすればいい。けどね、セックスしたい、金も欲しいと思っちゃうときは、それはそれ。飽きたときはやめればいい。再開したかったらすればいい。
あっちいったりこっちいったりしながら我が身を振り返って、そうして、仏教を知らなかったときよりはまともな日々を過ごせて、その人なりに良い明日、良い明後日を迎えられれば、それでいいんじゃないですか。
それは、放逸主義ではないんです。自らの限界を知ること。絶望しながら充実する、ことなんです。
仏教的な時間の単位に、「阿僧祇劫」(あそうぎこう)というのがあります。一劫とは、こう喩えられます。四十里四方の岩に、百年に一度天如が降りてきて、衣で岩をなでる。その繰り返しで、岩が磨滅して無くなってしまう時間が一劫である、と。阿僧祇というのは無数ということ。ですので一劫が無数よって一阿僧祇劫です。これがさらに三度、つまり、三阿僧祇劫という時間によって、人は成仏すると説く経典がある。
悟るとか悟らないとかは、それくらいの時間感覚で構えていたらいいんじゃないかなと思いますね。
繰り返しになりますが、昨日よりも素敵な今日、今日よりも素敵な明日を迎えられれば、それでいんじゃないですかね。Sir.ゴータマ・ブッダも喜んでくれると思いますよ。
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