加護ちゃん喫煙~お坊さんのルール

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またも喫煙?加護ちゃん引退危機

 それくらいエエヤンゲーーーーーーーーーーー、と笑ってしまいましたが、笑いごとじゃないようですね。引退? なんでじゃ。。。未成年たってねえ、立派な社会人ですよ、加護ちゃん。並のオッサンよりストレスもあるでしょうに。タバコくらい吸わしたりーなと思いますけどね。

 かくいう私も、お酒は付き合いの乾杯くらいしか飲みませんが、タバコは16歳から吸っています。我が家はタバコには寛容だったので、高校生のときから普通に部屋に灰皿がありました。

 仏教ではお酒はダメなことになっていますが、タバコはアリです。スリランカのお坊さんはプカプカ煙草は吸っているそうです。ダメって書いてないからアリなんです。

 どこに書いていないかというと、お坊さんの日常生活のルールを定めた「律」(vinaya)と呼ばれる文献です。インド仏教は、仏滅後100年ころから部派に分裂していきますが、ブッダの説法とされる「経」(sutta)と、この律、そして経の注釈書である「論」(abhidamma)の3つの文献を、部派ごとに保持、伝えていきます。この3つを合わせて「三蔵」(tri-piTaka)といいます。

 律は、お坊さんが個人として守らないといけないルール(学処)や、集団(サンガ)としての行事の執行方法(たとえば授戒だとか安居だとか)が記されています。

 私が、卒業論文の題材にするのがこの律です。スリランカ上座部が伝えたパーリ律、漢訳では『四分律』(法蔵部)、『五分律』(化地部)、『十誦律』(説一切有部)、『摩訶僧祇律』(大衆部)などがまとまった形で現存します。

 後代というか今日も、「戒律」という熟語で、仏教のルールや心がけなどが総称されますが、インドに戒律という語に相当する原語はありません。「戒」(sIla)と律は別の概念です。

 戒は「心がけ」ほどの意味で、仏教徒たるものこうあって欲しい、みたいな感じ。そうならなかったからといって罰せられません。一方、律に記される約250の学処(まとめて波羅提木叉という)は、罰則付きのルールです。「優しくなければ男じゃない」が戒、「暴行したら懲役3年」が学処です。

 ちなみに、これは部派仏教の話で、大乗仏教に律はありません。その意味において、大乗仏教の「教団」というものが存在したかというと、疑わしいとされています。初期の大乗仏教には律がなく、また、後の大乗仏教は結局、部派の教団の律を適用して授戒をするようになります。

 中国を経て日本に来た仏教も、もちろん律の存在は想定されていません。私もそうですが、日本で授戒というときは中国で撰述された『梵網経』を根拠とした「大乗戒」を受けることになります(最澄の尽力による)。一方で、上の戒と律の区別でいうと、これは戒に相当するものです。従って、いずれも「理念」であって、罰則付きのルールではないのです。第一、法令集にあたる律がないのですから、罰則を与える根拠も集団もありません。

 というわけで、外の人間が、「あの坊主、酒飲んでる」と指摘するのは、そもそもお門違いなのです。戒を受けた本人が、それを踏まえてどう生きていくかの問題なのです。

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