私は人を見下しているか
2007年3月15日 | コメント(0) | トラックバック(0)
芯の通ったコメントを頂いたので、私も真面目にお答えします。
「あなたは人を見下している」という言い方は昔からされます(笑) 笑いごとじゃないかもしれませんが、小学生のころから言われているかもしれませんね。
見下すという以上は、「他人と違う」と自分では思っているわけでしょうから、それによって「自己肯定をめぐる闘争」をしているという話もよくわかります。「他人と違うと思うことによって自己肯定をする」ことについては人間の性(さが)だろうと思いますね。共産主義がうまくいかない所以でしょう。違いによって自分が浮かび上がってくる。
で、私が人を見下しているかどうかですけど、私自身にもちろんそのつもりはないですよ。というか、人を見下したり見上げたりするほど、人に関心がありません。
親しくお付き合いしている人は分かると思いますが、言葉は厳しいし、思ったことは言いますよ。けど、「○○を憎んで人を憎まず」みたいなことで、プライベートでも仕事でも、ある「現象」についてモノを言っているだけで、「その人そのもの」を憎んだり見下したり毛嫌いするようなことはありません。現象を離れたその人そのもの、はよくわかりません。なので、私は人を嫌いになることはほとんどありません。3000人くらいいる会社の中で、苦手な人が1人いるくらい。私を嫌いな人はたくさんいるかもしれませんけどね。
何にしても、最終的に、お前のことがイケスカンという人は、それはそれで仕方がないことです。そんなことは今までもありましたし。私の失いたくない人を失うかもしれませんけど、それも、仕方のないことです。そんなこともまた昔からありましたし。
常識的には人を見下す人がしないようなこともいくつかしていますし、今後もしたいことがたくさんありますが、そういうことをしてると言うとまた優越感に浸っていると突っ込まれたりして堂々巡りになるので、よう言いません(たとえば慈善事業とか)。
もともと「ポピュラー」になろうと思って生きているわけではないので、一人の善き師、一人の善き友、(まだ見ぬ)一人の善き女性(ひと)、それくらいいて、あとは、そこそこ充実して仕事して、そこそこ充実して生活していればそれで十分で、それ以外のことは、あまり関係のないことなんです。
人並みに世界のみんなの幸せは願っているけど、世界のみんなが私をどう思っているかは人一倍興味がない。そんなことよりも、自分自身のことと、大好きなアノ娘のことで精一杯。そんなところです。
お会いする機会がありましたら、ぜひお気軽にお声お掛けください。
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