福井総裁~我が投資ism
2006年6月20日 | コメント(0) | トラックバック(0)
日銀・福井総裁が村上ファンドに拠出したことが問題になっていますが、あいかわらずマスコミはそれいけ祭りだワッショイと報道をしている。まず、どこに問題があるのか─「問題の所在」を明確にしないといけません。
今回の問題の所在は一つだけ。ライブドアが強制捜査(1月)の後の2月に、同ファンドを解約したこと、だけです。内部事情を知って売却したというある種のインサイダーではないかという疑惑です。
ハチャメチャなのは、「村上ファンド」という“不法ファンド”に拠出してたという「倫理」を問うという姿勢。
なぜ、ライブドアの株式に投資した個人投資家は「被害者」で、村上ファンドに投資した福井くんは「倫理欠如」になってしまうのか。村上ファンドに出資したことが倫理に悖るというなら、ライブドアに投資した個人投資家も倫理に悖るのではないのか。
日銀総裁はより高い倫理性を持つべきだというのでしょうが、村上ファンドに投資したのはもちろん日銀総裁就任前です。ただの一オッサンのとき。どこに問題があるのか。
マスコミは単なる視聴率稼ぎ、野党は単なる政争に使っている。彼らはほんとうは、(法的に)たいした問題ではないことを分かっているくせに、ひっしに神輿を担いで祭りにしようとしている。そこに集まってきて、「祭りなんだ」と思ってしまう我々一般庶民。
猪瀬直樹氏が言っていましたが、どうもライブドア、村上ファンドなどの一連の経済事件の過程で、「お金を儲けることはよくないことだ」という風潮が気になる、と。
原始的な物物交換のツールとしての「お金」と、資本主義経済における「お金」の決定的な違いは、それが「自己増殖」することです。価値の総和の増減と無関係に、お金の総和が増える。それが金利という概念です。他者に貸す(投資、出資、融資…)ことによってお金が自己増殖していく。これを否定することは、資本主義経済を否定することなのです。
定められたルールに基づいて、適切に金儲けをすればいい。ここでルールとは法律です。法律化されていない倫理は、思い込みと区別できない。
かくいう私も長らくファンドや株式のいくつかを保有しています。そのどれかが不法行為を行ったからといって、私に何の責任もないことは当たり前のこと。株式でいえば、自分の出資した範囲内で責任を負う(有限責任)、ひらたくいえば投資した分がゼロなるまでです。一方で、私はライブドアの個人投資家のように「被害者」面するつもりもない。2000年でしたっけ、アメリカのITバブルのときに、かなりぶっ飛んだ。アメリカの証券会社に送金してやっていた投資が粉々になった。YHOO(Yahoo)ショック、INTC(Intel)ショック、ほとんどの地雷を真上から踏みつけましたから(未熟じゃった…)。
だから、自分の頭脳と運にすべてを賭け、徹底的にリサーチして納得するまでは投資なんてしちゃいけない。証券会社に勧められた、本に書いてあった…、みんなありえない。
これは有価証券に限らずですが、自分を儲けさせてくれる「良心的商人」なんているはずがない。頼るべきは、自己の頭脳しかないんです
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