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寄稿した『在家佛教』のページ
データを頂いていたたので、『在家仏教』5月号に書いた頁をあげておきます。「SNS─リアルとバーチャルを融合したコミュニケーション」。
http://lib.chunyo.com/works/zaike_bukkyo_200605.pdf
なお、「渦中」の会社に属している者として一言添えておきますが、本文は私自身が理解するところのSNSであって、無論、所属する会社の見解等とは一切関係がありません。
30歳になりました
今日は、私の誕生日です。お嬢(美空ひばり)も、JFケネディも。
30歳です。まぁ、満30歳というのは丸30年生きて、31年目突入ということなので、それほど感慨はありません。
けど、もろもろ年齢を記したり述べたりするときに「30」と書くのですね。それは少々残念。心はまだまだ少年なんですけどね。
記念すべき30歳に刻む詩を探しましたが、どうもアントニオ猪木の「道」が浮かんでしまいます。アントニオ猪木て… と躊躇しましたが、これ、禅僧・一休宗純の詩なんですね、もともと(厳密な真偽は不明)。なら、わかる気がする。
この道を行けば どうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる
迷わず行けよ 行けば分かるさ
なにものも求めることなく、なにものも求めないこともまたなく、唯だ、心穏やかに、すべきことをし、すべからざることをせず、自分の決めた道を歩いていく。難しいことですが、そう在ることができればいいと思います、私は。
発情でした、多分
ひだまり猫の病院に行ってきました。発情でした、多分。「多分」というのは、別に検査をして発情が確定するわけではないので。自宅での症状や、陰部を触って尻尾を左右に振る仕草などから。
満5か月つまり6か月目。体重は約2.5キロ。標準の範囲内ですが、思えばうちに来たとき2か月半くらいでしたが、そのころからドライフードのみでバリバリ食べていたし、やや早めの成長なんでしょう。
発情すなわち「やりたい」ということで、外にいる猫ならやれるのでいいですが、室内飼いのペットでは「やりたいのにやれない」ストレス状況でしょう。避妊手術をすることにします。事実は知りませんが、「メスじゃなくなる(性別がなくなる)」んではなくて、「(メスだけど)妊娠しないことになる」と理解して。
発情中
私じゃないです、猫です。
はじめて飼ったのではっきりは分かりませんが、多分そう。甘えんぼになって顔をスリスリしてくるし、甘い声や擦れた声で鳴くし、なんとなくソワソワしてるし、食欲が減るし。
12月26日生まれなので、ちょうど6か月目に入ったわけですが、手元の本によるとメスが初回の発情を迎えるのが6か月だそう。マニュアルの通りです。
明日は大学の「アジア史」のテストですが、欠席して動物病院に行ってきます。実は大学のテスト、欠席しても次月に受ければよくて、別にそれによる減点などは無いのです(電話で聞いても公式にそう答えられました)。
もうちょっと女の子でいて欲しかったんですけどね~。実はまだ避妊手術については少々悩んでいます。
これが発情の完成形なのだとすれば、少々悩ましくはありますが、別に生活に支障があるほどじゃあない。ならば、年に何度か発情があっても放っておくという選択肢もなくはない。
まぁ、多分、避妊手術すると思いますけど、身体を「いじくる」のには少々抵抗があるものです。
夏期スクーリング申込開始
今日から夏期スクーリングの申込が始まりました。日ごろの行いが良いようで、履修を残している4科目がうまいこと午前午後の6日連続で繋がってくれました。午前だけとか、日が離れちゃったりするとサラリーマンとしてはしんどいのですが、「丸一週間の夏休み」で乗り切れます。
山極先生の授業が2つあって楽しみです。佛大の、また東方学院の先輩である石橋さんとも一緒ですし。
仏教学特講1 仏教聖典の成立と展開(松田和信教授)
仏教学特講2 インド仏教教団における正統と異端(山極伸之教授)
仏教文献研究1 『南海奇帰内法伝』を読む(山極伸之教授)
仏教文献研究2 龍樹の『中論』の研究(森山清徹教授)
ついでに、はじめて「C」を取ってしまったという話の「オチ」を書いておきますと、「日本史」、レポートが「縦書き」指定のところを、ばっちし横で書いてました(笑) まぁ、普通なら不合格ですね。必要条件を満たしてませんから。今まで縦書きという経験が無かったので注意不足です。こういうことを経て、成長していくのでしょう。調べたら「仏教学」も縦書き。日本史はともかく、仏教学が C になるのは“シャク”なので、先に気がついて良かったです。
藤原のフカシ
人気のある人をぼろっかすに言うというのが、身の回りをシェイプアップする一つの術なので、今日はそれで。
藤原不比等(ふじわらのふひと)という日本史上の人物がいますが、最近、それを文字って、藤原のフカシと呼んでいる人物がいます。
200万部を超えるベストセラー『国家の品格』の著者、お茶の水女子大学教授・藤原正彦その人です。知ってますか? 『国家の品格』。調子に乗って野グソみたいな本を次々と生みだしているので一言残しておきます。『国家の品格』の垂れこみ…
「日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である」「この誇るべき「国柄」」「論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神」「日本人に誇りと自信を与える画期的日本論」
橋下徹弁護士、“申告漏れ”
いいですね~ 橋下弁護士。「申告漏れ」報道に、とうとうと語っています。
いわゆる「愛国心」問題然り、彼は基本的に右寄りで、私にはサッパリ理解不能なところもあるのですが、今日の「いいですね~」は皮肉じゃないです、ほんとうに。大マスコミに報道された途端に、謝り神に変貌しちゃうやつらばかりの中で、違うものは違うと言えるのはいいこと。
まぁ、「基本的自信」があるんでしょう。
自分がやっていることに対する基本的な自信。別に人に媚びる必要もないし、世論を気にする必要もない。言うべきことをいい、すべきことをし、それで離れていく人がいればそれはそれだし、わかってくれる人がいたらそれもまたそれ。
癒し
癒したことも無いくせに癒されたいとのたまう御方を多数輩出した「癒し」ブームはもう終わったのでしょうか?
肝臓が大丈夫だったご褒美に、かくいう賤しい私も癒されたいと思い、昨晩は六本木ViViでアカスリ&岩盤浴をしてきました。
風呂に浸かって身体を温め、アカスリで大量の垢を排出し、その後、岩盤浴。そして食事をして帰るというコース。
岩盤浴は、二股ラジウム温泉の鉱石を利用したもので、石の上に寝転がります。がら好きだったので、岩盤浴坐禅にチャレンジしてみました。
面壁し、頭を乗せるスノコ的なものを坐蒲に見立て尻を乗せ、半跏跌坐を組み、手は法界定印。残念ながら5分と持ちませんでした。坐禅は、道元『普勧坐禅儀』の言葉を借りれば「鼻息微か(かすか)に通じ」、口はシャラップし鼻で呼吸をしますが、ここは要は低温サウナですから、鼻呼吸じゃやっていけません。すぐに息苦しくなってしまいます。
肌がツルンツルンになって産まれたてに戻った気分です。
Fatty Liver でした
肝臓(レバーレバーと言いますが「Liver」なんですね)のエコー検査の結果が出ました。
何度も「癌です」「すぐ入院です」「手術です」と言われた時をイメージ・トレーニングして待ちましたが、結果は Fatty Liver(報告書にそう書いてあります)。太ったレバー、脂肪肝ですね。悪性の出来事が起こっているわけではありませんでした。
精密な血液検査も、特に問題なし。肝炎だとかも陰性でした。とりあえず一安心。
食はここ半年くらい気をつけて、余裕で50キロ台回復していますが(むしろ減りすぎて心配)、運動はねえ… 難しいですよ。
時計を買った
私、時計をつける習慣がありません。ハードな旅(自転車&テントで北海道横断等)に行くときはアウトドア情報が得られる時計をつけましたが、日常的には携帯電話で足りてしまいますので。
以上の論拠からもわかる通り、ましてや“オシャレ”(の一部)として時計を認識することなどはもちろんありません。
が、最近、「テスト」的なものを受ける身になったので、時計が欲しくなったのです。「携帯電話はしまいなさい」ですからね、普通。大学の科目最終試験は、時間ギリギリになることはまず無いので支障はないのですが、今度受ける TOEIC では無いとしんどいですからね。
上に書いたように、時計に“オシャレ”は求めないので、2-3万くらいの予算で選んだ結果、カシオ G-SHOCK のこれを買いました。ビックカメラで2万3,500円。しかも13%のポイントバック。安いですね~。
電波で自動的に時刻を合わせてくれるし、ソーラー電池なので電池交換も不要みたいです。
その後、貯まったポイントでドライヤーを買いました。中学の修学旅行(京都・奈良)にも持っていった長年愛用したものが遂に壊れて火花を吐きました。ここ1週間、朝風呂後、ドライヤー無しの自然乾燥で会社に行っていた私でした。一番安い980円のドライヤー(これですね)を買ってきました。これも15年くらい使えれば、そのとき私は45歳。その頃には、乾かす髪が無いかもしれませんね。
残念なお知らせ
えー、遂に大学のレポートの A 評価記録が途絶えました。「日本史」が 2 つとも C。優・良・可でいう可ですね。
A、B とかだったら、「惜しいな~」「悔しいな~」と思いますけど、C、C と言われちゃうと飛び越えて、「あ~ これはないな~(ないということだな~)、俺には」という感。
別に今振り返ってもとくに反省することはないんですけどね。仏教の科目と変わらずに、否、ものによってはそれ以上に時間をかけて勉強して書きました。
ダメな人たちのコーナー
溜め息交じりの頬に、ついこの手伸ばしたくなるような話題を3つ。
「女性が怒ると、桜井市長は「申し訳ない」と謝罪する一方で、口外しないよう繰り返し申し出たという」
「直接謝罪には訪れず、「許せないのは分かるが、どうしたら許してもらえるかではなく、どうしたらこの場を収めてもらえるのか」など示談で済ませるようメールで懇願してきた」
「弁護士を通じ「100万円で許してほしい」との申し出があった」
ロジカル・シンキング研修
なるものを受けました。会社でのことなので、内容については詳しくは書けませんが(といっても特別なことはありません)、たまにはこういうのも楽しいです。論文を書くのにも役立ちそうです。
あの~、たまには自画自賛しますが(一級のシニックです)、今回の研修でも紹介されていたバーバラ・ミントの『考える技術・書く技術』といった“バイブル”はもちろん通読し、書斎にも常備はしていますが、そもそも根っからロジカルなんで、ロジック・ツリー(イッシュー・ツリー)だとかピラミッド・プリンシプルだとかMECEだとかの基礎的な原理・ツールは、自ずと備わっています、私(笑)
「ロジカルなんで」というより、「きっちりしい」なんですよね。きっちりいしいだから、要素分解するときに重複してたり漏れがあったりするのは許せない。これ、MECE(Mutually Exclusive collectively Exhaustive)ですからね。
頭デッカチだけなのもあれですけど、やはり一定のロジカル・シンキングを見につけることは、生きていく上でも役に立つと思いますよ。
「お題」を、漏れなく・重複することなく(MECE)、要素に分解して行く。上から下へ(演繹的に)、下から上へ(帰納的に)、どっちでもいいので。
そうやって、一つ一つを紐解かずに、「悩んでいる」と言ったまま一歩も進まない人がよくいます。『14歳からの哲学』という本だったと思いますが、その広告に「悩むな、考えろ」というコピーがありました。いい言葉だと思います。悩んでいると称して、地団太踏んでいるだけで、何も進まない。そうじゃなくて、考えないと。
三浦知良 『蹴音』
久しぶりに普通の本を買いました。カズーの『蹴音―三浦知良伝説の言葉』。たまにここに書いたこともあるように、サッカーのことは詳しく知りませんが、カズは好きです。
そのカズの、20年に及ぶサッカー人生での語録です。1ページに1つ、1-3行程度の語録をひたすら集めた“贅沢な”作り。脚注で、いつ、どの場面で言ったのかも書いてある。
いいですよ。パラパラめくっていくつか挙げると、
「一生懸命に練習して、チャンスを待つしかない。悔しさはすべて練習にぶつけた。」
「結論は、がんばろうということになる。」
「何が支えになるとかいうことではなくて、プロは自分の道を極めるしかないからね。」
「うまくなりたければ、いちばん得意なことをやり続ければいい。」
「99回外しても、平然と100回目を蹴る。そういう精神構造でないとやっていけない。」
「行くところまで行こうとしか思いません。」
とか。
山口組が延暦寺で歴代組長の法要、幹部ら90人参列
先日“ファンレター”をもらいました、ほんとに。仏教の視点が的を射ているんだとか。たまには味方もいるようです。調子に乗ってたまには仏教の話を。
比叡山で山口組が法要をやったようで。難しい問題ですが、「今後、暴力団の法要は断る」なんて言わないでよ、比叡山さん。
宗教者の立場に立てば、暴力団というのもある種「かわいそうな」人々ではないでしょうか。小さいころから暴力団を目指していたわけではない。いろんな因縁の中で、結果的にそうなってしまっただけでしょう。
その意味で「社会的弱者」であって、宗教者としてはそのような一般に特別視されてしまうような人々も分け隔てなく仏縁を与えて頂きたいと思うわけです。
比叡山ですから法華経を持ち出しましょうか。法華経は、大乗の2つの潮流のうち、「救済」思想を前面に打ち出した典型です(もう一つは般若の空観)。ひとたび「信」を立てれば、久遠の仏陀によって成仏されるとそこには書いてあります。赤子が、砂山で戯れに仏の絵を描ければ、一発で成仏する。それが三乗を止揚した一乗である、と。現に、法相の五性格別と論争をしたではないですか、最澄は。「覚れないと決まっている人もいる」(無定性)という法相を排撃して、誰もが成仏するんだと。
Aさんはダメ、Bさんはダメ、Cさんはイイ、と言うんでは、貴族相手の仏教と一緒です。
お巡りさんこんにちは
久しぶりにお巡りさんと話しました。
バイクで、路駐パラダイスのところに停めようと、歩道に上がって歩行者の後ろをゆ~っくり神業的な半クラッチで曲芸的スロー走行していたところ、後ろから「ピー」と警笛が。
チャリダーお巡り2人登場。いきなり肩に手を置かれ、「歩道の上はエンジン切らないとだめだぞ~」。「ん? お前誰だ? 名を名乗れ」と思いましたが、こういう時、瞬時に、その人を見て、キップを切られるか否かの演算処理を私は行います。例えば交差点で待機していた白バイとかだったら、どんなに粘っても100%無理なので、そんなときは余計なエネルギーを使わないよう、返事や合槌などロクにしないことです。「ン、ン、ン、ハイハイ」、それくらい。
今回の結論は、「許してくれる」だったので、ヘルメットのシールドを上げ、「ハイッ」「そうですね」「すいません」。案の定、「今回は注意だけにするけど、人ひっかけちゃったら大変なことになっちゃうからな~ 歩道の上はエンジン切って押すようにな」。
ラッキー~。ていうか、既に違法駐車態勢に完全に入っていますから、この後、違法駐車するのバレバレだと思うんですけど、それはいいのかしら? と思いつつも、それを目撃したくないのか、お巡りさんはチャリに乗って立ち去っていきました。
精密検査開始
去年の秋の健康診断で、血液検査でわかる肝臓の値が高く、要精密検査になっていました。過去にも肝臓は経過観察になったことがあり、どうもイマイチみたいです。
ここ何日か、少々肝臓の部位が痛むときがあるのです(因果関係は不明)。それから、脂肪肝を疑って、ダイエット…、といっても運動はほとんどしていませんが、あまり脂っこいものを食べるのを避けていたら、体重がここ半年くらいで6キロ位減りました。ん? ちょっと減りすぎじゃない? という気も少々。
もしかしたら終わってるかもしれないので、六本木ヒルズクリニックに精密検査に行って来ました。今日は血液を採って、来週、エコー(超音波)をして判明します。
余命僅かだったら恐山に篭って、来たるべき“地獄”の情景を眺めながら余生を送りたいと思います。
こんな文脈で紹介するのもいかがかと思いますが、師僧である南直哉(現・恐山院代)師のブログが始まっています。
http://indai.blog.ocn.ne.jp/osorezan/
写真を見るたびに、行ってみたい感が募ります。
テスト終了
今日は「日本史」のテストでした。お題は「文禄・慶長の役について述べよ。」でした。基礎的なこと(高校生の教科書に出てくるようなこと)はかっちり書いてきましたが、それ以上には勉強していませんでしたので、点数はそれほどいかないでしょう。
レポートで和暦と西暦を併記せよとの指示があったので、テストでも両方合わせてゴリ暗記しました。文禄の役⇒文禄元(1592)年、いこーくにとり(行こう、国盗り)です。それから5年後の1597年が慶長の役。これは慶長二年なんですが、語呂合わせはありません、覚えましょう。それから12年後の慶長十四(1609)年に徳川家康が朝鮮と通商条約を結んで国交回復、2年後慶長十六(1611)年、明(朝鮮に援軍を送った)船が長崎に来航して明とも国交回復。
今日の午後は、一息入れて(入ってるのか?)、佛大でお世話になっている山極先生とともに、数少ない律蔵研究者である花園大学・佐々木閑先生の『出家とはなにか』を熟読。パーリ律蔵をテクスト、つまりは少なくとも紀元前、現存最古の資料に表れる仏教教団の実像を描き出しています。是非、インド仏教を真剣に考えようとする人にはぜひ一度読んでもらいたい本です。(思想ではなく、教団の姿、在り様についての本です)
写真は芝公園にある浄土宗総本山・増上寺。土曜日にテスト勉強の資料を閲覧しに、「みなと図書館」に向かったのですが、以前にバイクで行ったときに住所が芝公園だったこを記憶しており、雨のため電車で行ったので芝公園駅で降りたら、駅では隣の御成門でした。一駅分歩く途中に増上寺があったので、拝んできました。
大森隆志、逮捕
サザンオールスターズのデビューから2001年までギターを務めた大森くんが覚醒剤と大麻で逮捕されました。最後にサザンとして公に顔を出したのは、2000年の茅ヶ崎ライブです。その年の年越しライブは欠席、翌年正式に脱退しています。もともと、脱退の原因は、某宗教団体と彼が密接になり始めたからと憶測されていましたが、こういうことも想定されていたのかもしれませんね。
覚醒剤10グラム、大麻40グラムって、普通の所持者では考えられない量です。元ドリカムの西川くんが覚醒剤0.67グラム、元民主党の小林憲司くんなら0.1グラム。そんなもんです、覚醒剤所持って。まさか売ってなければいいのですが。しかも動いたのが神奈川県警「暴力団対策課」。ぜんぜんダメなことになっているのかもしれません。
まぁ… そうですね、ばれないようにやろうよ、ということと、葉っぱ(大麻)を炙ってみたくなる気持ちはネイチャー派として理解できますが、ケミカル(覚醒剤)はいけません。
テスト勉強
今月は大学の科目最終試験が2つあります。14日に4月にレポートを提出した「日本史」、28日に5月提出の「アジア史」。通常はレポート提出(毎月1~10日)の翌月が試験なのですが、5月分も5月にやって、代わりに6月が無いのです。
テストは日曜。その前の月曜から、出題予想6問の模範答案を作る、という勉強スタイルは確立しているので、今週は「日本史」です。月曜日から1日1つずつ作っていけば土曜日に6つ終わって且つ総暗記すればいいはずなのですが、本質的に怠け者、少々追い込まれないとやらない性格なので、木曜日が終わろうとしている今、2つしか出来ていません。大丈夫でしょうか!?
明日の夜は、猫を置き去りにして深夜営業の店に籠ろうと思います。
言葉っておもしろい
サンスクリット語、昨日が5回目でした。4回目に男性名詞の活用をやって、遂に「練習題をやりながら」という段階へ。ごく簡単な文章でしょうが、読んでいっています。
しかし、言葉って面白いですね。話を広げすぎると辻褄が合わなくなってきますから、とりあえず普通名詞を例にとってその「面白さ」を。
日本語「ひ」(火)、英語「fire」、サンスクリット語「anala-」。
文章を作る場合、「格」を表現するのが重要です。主格、目的格…、といったやつ。
日本語は、それを助詞で表現しますよね。「火が」「火を」「火の」「火によって」「火において」「火のために」…。
Yahoo! NEWS で英語を勉強する
毎日、30分-1時間は英語の勉強をしています。リスニング。2週間くらいになりますので、少しずつ聞こえる気になってきました。ワット・ドュ・ユー・ウォント・トゥ・イート・トゥナイト? なんてもう言いませんよ。ワラヤワナイートゥナィ? 並です。(冗談ですよ)
とにかく、無理からの勉強が続かないことは痛いほど何度も経験してきたので、やる気になる材料を使って勉強しています。知り合いの先生のテキスト、とか。
で、もう一つ見つけました。アメリカの Yahoo! のニュース。検索結果を RSS でフィードできるので、「Buddhism」(仏教(学))、「Buddhist(仏教徒)」、「Buddha」(ブッダ)で検索かけた結果を RSS リーダーに登録しています。
「ラーフラが生まれた。束縛が生じた。」
唯一に近く仏典を読んでいて爆笑した記憶がある箇所です。ゴータマに実の子(名:ラーフラ)が生まれたときにゴータマが吐いた言葉です。「ラーフラが生まれた。束縛が生じた。」。「オトーサン、サイテー」と奥さんに言われたことでしょう。出家を決意していたゴータマにとって、子はその障害であり、出家を早めた契機となった、というのが一般的解説です。
私は、結婚はともかく、子どもは絶対に要らない、と考えていましたが、最近少々、「子ども作るのも、いいなあ」と思うようになりました。
なんというか、子どもを残さずに終わるって、人類の家系図の終着点ということですよね。ずっと繋がってきた点と点の最後になっちゃう。クロマニョン人を1万年前と見て、25年に1世代増えたとすると、400世代、あれ、以外に少ないですね。けど、400世代の家系図(血統図)を作ると、なんとそこに登場する人の数は2の400乗で、「2.5822E+120」(2.5×10の120乗)とのことです。「兆」の次の「京」が10の16乗ですから、はるか向こう、調べたところ「不可思議」を超え、「無量大数」です。
終わっちゃいましたね
ゴールデンウィーク。うーん、ふがー、「仕事」って、いつになったらしなくてもよくなりますかねえ。目が覚めた時に起きて、カフェーで好きな本読んだり、好きな勉強して、お腹空いたらなんか食べて、ンチして、眠たくなったら寝る。そんな毎日が訪れたらいいのに。
あのー、核撤廃と一緒で、みんなで「せーの」で辞めませんかね。仕事。というか、資本主義的生産活動を。みんなで生きていけるに必要な分を生産して、食べて、それでいいと思うんですけどねえ。
まぁ、こういった、文字通り「共産」主義ですな… が、うまく機能しないことは歴史が証明するところですが、それは枠組みが何も無くて(といったらマルクス主義者に怒られちゃうかな)、突然全体を引っくり返して適用しようとするから失敗するんであって、しっかりとした「枠組み」を持った、一部の集団としては不可能ではありません。
イデオロギーとか、国家の体制なんてどうでも良くて、「或る見かたをする者たちの共同体」というのは可能だろうと思います。
もちろん、その理想形が(本来の)出家修行者集団(サンガ)にはあった、と私は考えるわけですが、それは置いておいて、かの宮崎哲弥氏は「共同体主義者」を自認しています。彼の言う共同体主義というものがどういうことなのか、少々カジッテみようと思います。
「アジア史」、出した
「アジア史」のレポートを出しました。やっぱり仏教が関係なくなっちゃうと少々キレが悪いのですが。
第1設題:中国社会を理解するキーポイントの一つに儒教がある。中国歴代の王朝は儒教をどのように取り扱ってきたのか、具体的事例をふまえて述べなさい。
第2設題:アヘン戦争から義和団運動にいたるまでの時期に、清朝政府が列強に奪われた諸権益について、具体的な事例を踏まえながら述べなさい。
ゴールデンウィークのノルマはも最低限はクリアです。明日はサンスクリット語の予習をしましょう。今日、少々やってみたんですが、文章の意味をとっていくのに随分時間がかかります。
先生か、はたまたヤーサンか
GW、ですね。過去、サンフランシスコ、北海道、九州と長期旅行に行ってきたのですが、今年は猫もいますし予定なしです。勉強しています。
一つは大学。10日までに「アジア史」のレポートを上げます。一通り(≒ページ数を満たす程度)書いたので、明日図書館で専門の辞典を引きながら細かいところを詰め、文章を整えて完成できそうです。
もう一つは英語。5/29に受けるTOEICに向けて。高校時代の恩師で、六大恩人の一人、今も恐縮ながら私の思いつきに付き合ってアドバイスをくださる安河内哲也大先生(ホームページはこちら)。帰国子女でもなんでもありませんが、TOEIC満点を達成している人。先生の本でリスニングと文法、語法問題を毎日鍛えています。
ヨーガとかアーユルヴェーダとか
最近、「やっぱりそんなに長くないかもなー」と思い始めています。寿命。
胃がキリリと痛む時がたまにある(胃潰瘍~胃癌)。右下腹部が痛む時がたまにある(肝臓が終わってるのか)。首の裏っかわ、筋肉が走っているところに小さなシコリ発見(単なる「凝り」か? はたまた癌の転移か…)。
例によって最悪のシチュエーションを想定して、人生を振り返っています。まぁ、こんなもんかな、と。時間があるならやりたいことは尽きませんが、タイムオーバーだったところでたいした悔いもなさそうです。
掲題の、ヨーガとかアーユルヴェーダとか、インドの伝統に触れながら身体にもいいであろうことをやってみたいなとかねがね思っています。
が、性格が災いして、ヨーガをやろうと思ったら『ヨーガ・スートラ』、アーユルヴェーダなら『アタルヴァ・ヴェーダ』(かな? 『アーユル・ヴェーダ』という原典はあるんだろうか?)を読まなきゃ、と、一向に進みません。
何事も原理主義的なんですよね、私。根底に流れるものを見ずして、表象のものだけ掴もうとは考えない。いいところでもあり、腰が重くなる原因でもあり。
とりあえず、なんかやってみましょうか。
「ひだまり猫の病院」に行ってきた
当初、ワクチンを打つ際、知人に評判を聞いた品川の方の病院に行っていて、もちろんいい病院なんですが、少々遠く、タクシー代(往復5,000円)もそうですが、「万一」の時のタイムロスもありますから、比較的近く(タクシー往復2,000)にある猫専門の病院「ひだまり猫の病院」に行ってきました。1Fが「あおぞらフレンドアニマルクリニック」という病院で、2つ合わせて白金台動物病院グループ、ということだそうです。
今後よろしく、ということと、蚊、ノミ、ダニの対策の話し、避妊のタイミング、お留守番の時のことなど等、いろいろ聞いてきました。予約制なので、待ち時間が無いし、30分なのか60分なのか刻みが分かりませんが、たっぷり診てもらえるし、いろいろ聞ける。いいですね。先生は猫を9匹! 飼っているようで、、とにかく猫のことはよく話してくれますしね。