引きこもり…
2006年3月22日 | コメント(0) | トラックバック(0)
テレビのニュース番組で、見た目コンプレックスで引きこもっている子(女性)の特集をしていました。食う、テレビ見る、寝る、だけの生活。万一外出する際は、人の視線が嫌なので、深夜、早朝のみ。んで、その子がコンプレックスを解消するために、整形をする! という物語です。
大前提として私は「引きこもり」が悪いとは思っていません。働くか学校に行く、その両方をしない者を「ニート」と称して蔑視しますが、そもそも「人は働くべし」というのは国家の扇動に過ぎず、本質的に理由のあることではありません。私にとって働くこととは、「食えない故、仕方が無いから働いている」だけで、できることなら引きこもって、食べて、寝て、ウンチして、本読んで、四季の移り変わりでも感じながらポックリ終わる生涯を送りたいものです。
ですから、問題は「引きこもり」そのものというより、その理由です。「引きこもり特集」は、何ケースか見てきましたが、だいたい要するにコンプレックスを抱いている。自分はダメなんだ、と。悲劇の世界の主人公に自分がなって、驚愕のネガティブ・スパイラルに突入していくのです。
仏教者を称するものとしてはマジメに考えてみるわけですが、なんというか、ちょっと自意識過剰なんでしょうね、逆に。過剰な自己愛。誰もそこまで俺なんぞ私なんぞのことに興味はないし、自分以外の人だって、そんなにいいことにはなってない。チッポケなことに一喜一憂しながらみんな生きている。冷たいですが、外見が悩みで引きこもり→整形して立ち直ろうなんて、くだらねえというか、公共の電波で伝えるほどのことじゃないです。そんなことより、もっと大事なことはたくさんある。
「引きこもり大賛成」の上で、この世界と付き合っていくか否かは本人の「志」の問題であって、相手をしてあげると却って悲劇のストーリーは膨らんでいってしまうので、放っておくのが一番だ、と感じた次第です。「あなたには分からないのよ」と言われても、「うん、分からないし、分かるつもりもない。みんな、なにも、分かんないんだよ。分かんないながら、みんなやってる。分かるまで待ってたら日が暮れちまうぜ。」としか言いようがない。
本当に必要になったら、出てくるでしょう、外に。そこまでの必要がないのなら、出てこなくても別にいいわけで。
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