冬期スクーリング初日終了、「仏教学特講3」編
2005年12月 4日日曜日PM | コメント(0) | トラックバック(0)
山極先生とブロック学習会以来の再開。実はサザンが大好きだそうで、廊下でお会いした際、コンサートの話なんかをしていました(笑)
この授業、シラバスにあるとおり『律蔵』を通してインドの仏教教団の実像に迫るというのがお題。今日はその前段として、インド初期の仏教の変遷(いわゆる初期仏教時代から部派仏教時代)を概観。
新発見、「比丘」という言葉について。今日「僧侶」「お坊さん」と言いますが、正式には男性の出家修行者のことは「比丘」といいます、インドの時代から。そのことは知っていた。
問題は、「比丘」の元々の意味。ブッダ成道以前から、沙門の形態として「遍歴行者」「苦行者」「仙人」などがあって、そのなかに「比丘」という“修行形態”もあったそう。で、これ、どういう形態かというと、「行乞者」(乞食行者)。乞食(托鉢)によって食事をするという形態です。順序としては、もともと比丘=行乞者という意味があって、その後に、ブッダが仏教の出家修行者の呼び名を比丘とした、のです。初期仏典中に遊行を勧めるくだりがありますから、遍歴行者と呼んでもよかったのに、比丘となった。
ここから先は推測ですが、常識的に考えれば、乞食行こそ出家修行者の第一義、アイデンティティなんだ、と考えられますね。
それから、「事実史」の研究と「思想」の研究の相違のお話も興味深かった。私は現状、どちらかというと「思想」が好きなのです。
京都で地域文化コースの友だちと話していても言いましたが、なんといいますか、私の関心事は「私の人生」であって、昔の他人のことはどうでもいいんです(笑) 基本的に。自分に引き比べて考えるんです、何ごとも。もちろん、レポートを書く際等は、事実と憶測、価値判断を明確に区分するようにしていますが、それはマナーとしてやっているだけであって、最終的には私の人生にどう意味付けられ、解釈されるかが、私にとっての仏教学習の目的なのですよ。
で、こういうタイプにとっては、事実史はつまらなく感じるんですね。
但し、先生が言っていたのは、思想も、事実史の上に展開されるんだ、ということ。龍樹も世親も、食事をしトイレに行った(笑) 教団は、当時の僧侶は、いったいどういう在り方であったのか。このことは、思想を解明する上でも役に立つ、と。
で実際、大乗仏教仏塔信仰起源説で有名な故・平川彰博士だって、専門は律蔵をもとにした教団史研究だった。教団史を研究してきたからこそ、大乗仏教は伝統仏教からは生まれてくるはずがない、ということで在家を主体とする仏塔起源説を導き出せた、ということです。(この説自体は、今日疑義が投げかける向きも多いです)
確かに、大乗仏教経典をいくら眺めていてもその起源は探れなかったでしょうね。納得しました。バランス良く勉強していきましょう。
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