冬期スクーリング初日終了、「生涯学習」編
2005年12月 4日日曜日PM | コメント(1) | トラックバック(0)
いや~ それにしても寒かったです、京都。今年一番の寒さで、夜には雪が降る予報です。土曜日は、ジャンパー、ジャケットの下にシナシナのTシャツで行って、日曜日にシャツに着替えようと思っていたのですが、なんとシャツを鞄に入れ忘れてしまいました。シナシナのTシャツのまま、まぁ、格好はともかくも、寒い寒い。
さて、午前の「生涯学習」は、(先生、見ちゃったらごめんなさいね)、いくらなんでも静か過ぎる先生(笑) もうちょっと声張って欲しい(笑) 多分、この方。引用に、西田幾多郎、高山岩男という京大の師弟がありましたから。講義の内容自体は好きな話。
今日は前段として人間の発達段階のお話で、たとえば人間は視床下部の発達が劣っていて本能的行動様式が未発達。その代わりに大脳新皮質が発達していて知的関心や理性が発達する。そんな話から、学習する動物ですね、ということに繋がっていくんですが、そんなことはどうでもいい(笑)
私が前から関心を寄せてきた、人間の人間たる所以(=動物と違う点)であり、一方で、仏教のいう「苦」の元でもあるのが、「言語」機能だということです。音として出される「ことば」に限ったことではなく、概念的思考それ自体のこと。ものごとをそのものとしてではなく、概念、言語を通して捕捉するということ。それが、無常なるものを恒常と錯覚する元だということです、概念は恒常ですから。
それから、同様に、概念でものごとを捕捉するので、自分自身をも相対化して捉えてしまうということ。「自分とは何か」等。サルは、本能的反応としての言葉は使ったとしても、「サルとは何か」「サルと人間の関係」を思考することは無いでしょう。そう、言語でものごとを捉えるということは、「関係性」の思考とも同じです。動物は、「木の実を割る」ことは学ぶけど、「木の実を割る道具」を思考することはできない。それは関係性の領域だからです。
人間の発達みたいな話は興味深いです。
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コメント(1件)
PEKO | 2006年1月 2日 12:18
PEKOも、田中先生の講義聞いてました。静かだけど、内容の濃い講義でした。短い時間の中に「あれも」「これも」伝えたい事がたくさんあって、学生の為になんとか伝えてしまいたい・・・という姿勢が伝わってきました。人間的にも尊敬できる方です。
PEKOの知ってる人に外観も、話し方もよ~~く似ておられます。もしや、従兄弟とか??PEKOの知り合いは、東大卒ですが、京大とも縁のある人だし。
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