すれ違い

2005年11月18日金曜日PM | コメント(1) | トラックバック(2)

 今日は師匠の南直哉師と、一か月振りに会うお約束をしていました。

 が… すれ違いになってしまいました。携帯に電話してカフェでお会いする予定だったのですが、携帯が繋がらず…。何か急な予定変更でもあったのかと、青森のお寺にお電話したところ携帯を忘れられたとのこと。

 カフェで1時間ほど待っていたのですが、いらっしゃらなかったので帰ってしまいました。ところが後に、知人を介して聞いたところ、師もカフェで1時間待っていられたそうです。んーーー どこでどうすれ違ってしまったんでしょうか…。申し訳ないことをしました。

 最近、いろんな方がこのブログご覧頂くようになって、「師匠って何? どんな人?」って聞かれることもあるので、僕が個人的にまとめたものを掲載しておきます。

南 直哉(みなみ・じきさい)師

1958年  長野県生まれ
1980年  早稲田大学第一文学部卒
1984年  得度、曹洞宗大本山永平寺上山
      19年間の安居中、人権擁護推進室・国際部主事など歴任
2003年  永平寺下山
2003年 4月曹洞宗萬年山青松寺・獅子吼林サンガ主幹
2005年 4月   〃   退任
  現  福井県・霊泉寺住職、青森県・恐山院代

【出版物(作成中)】

□単著
『問いからはじまる仏教』佼成出版社、2004年1月
『日常生活の中の禅』講談社、2001年4月
『語る禅僧』朝日新聞社、1998年1月

□共著
『やさしい「禅」入門』、2004目11月

□寄稿
『孤高の禅師 道元』吉川弘文館、2003年12月
『異文化はおもしろい』講談社、2001年11月
「2000年提言 慕古を語る 『求めるもの、慕うべきこと』」『そうせい』(第110号)、2000年8月
・「問題は『カテゴリー』 ―変化を考えるべきとき」『中外日報』中外日報社、1999年12月11日
・「必要かどうかが問題 ―『寺族』のカテゴリーは必要か」『中外日報』中外日報社、1999年12月2日
・「寺族問題は性差別問題ではない」『中外日報』中外日報社、1999年10月30日
・「外のパースペクティブ ―『正法眼蔵』の「表面」的読解のために」『傘松』大本山永平寺祖山傘松会、1999年3月
・「存在するとはどういうことか ―正法眼蔵「現成公案」を新しく読む」『傘松』大本山永平寺祖山傘松会、1995年5月~7月連載
・「経歴と三世 ―道元禅師の時間論―」『傘松』大本山永平寺祖山傘松会、1994年9月
・「無我と滅私 ―「自己」はいかに忘れられるべきか」『傘松』大本山永平寺祖山傘松会、1991年7月~10月連載

□対談、鼎談、座談
『考える人 2005年春号』新潮社、2005年4月
『考える人 2004年冬号』新潮社、2004年12月
『身体にやさしい料理をつくろう』ニュートンプレス、2003年10月
・「〈座談会〉開創750年これからの永平寺」『仏教タイムス』仏教タイムス社、1994年3月

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コメント(1件)

余計なことを申し上げますが・・・ | 2007年1月 4日 15:37

>2003年  永平寺下山

「下山」?
「上山の道は下山(あさん)の道」とも言いますが、この場合は送行(そうあん)が良いと思います。

これを下山(げざん)と読んだ場合には、不始末を犯した結果、お山を追放される意味になります。
その場合、禅堂の前門や後門を通ることは許されず、下山させられるものだけが通る小さな「戸」から出ることになっています。

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