日本社会の「差別」指摘 国連人権委報告

2005年11月 9日水曜日PM | コメント(0) | トラックバック(0)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051109-00000013-san-int

 「日本についても在日韓国、朝鮮人への差別や同和問題が存在すると指摘した」そうです。まあ、お恥ずかしい。

 私はも~~~ほんと~~~に差別って大嫌いです。非合理的、非論理的、前近代的、封建的、戦前の亡霊ですね。

 残念なことに、仏教界にも差別戒名の問題があります。この時代にいい歳して真顔で差別戒名を付けるなんて、もう手遅れです。「僧侶」ではありません。

 私は三宝(仏法僧)に対する帰依を誓ったものではありますが、全僧侶に帰依するとは考えてません。なぜなら、「僧侶とは何か─僧侶の定義─」の考察が必要だからです。原始経典の「生まれによりバラモンに非ず、行為によりてバラモンとなる」(『スッタ・ニパータ』)を持ち出すまでもなく、「宗教法人に僧籍がある者を僧侶とする」、わけがありません。それは行為によって決まるのです。もっと言えば、行為によって受け手(ここでは私)が決めることです。
※本来は、仏法僧の「僧」は僧侶個人ではなくて、僧侶の集団(サンガ/僧伽)のことです。

 外国人差別についていえば、そもそも仏教はインドで誕生し、朝鮮(百済)から流入した外来宗教です。日本で独自の発展を遂げたって言ったって、例えば今読んでいるお経、法華経だって浄土経系経典だってなんだって、すべて中国の人が漢訳したものをそのまま読んでる。和服着て農耕して麦食って「ござるござる」といって、「万世一系、百二十五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代神武天皇から連綿として一度の例外もなく、『男系』で今上陛下まで続いてきているという厳然たる事実」をし・ん・じ・るくらいの人でもなきゃあ、外国人差別なんて筋が通りません。

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