日本仏教史もおもしろい
2005年11月 8日火曜日PM | コメント(0) | トラックバック(0)
私、不覚ながら日本仏教はごく表面的にしか触れたことがありません。日本史の教科書に出てくるレベルと大差ないと思います。どういうわけか最初からインドの仏教に関心を寄せましたので。
12/23、1/8-9と「日本仏教史」のスクーリングがあり、偶然指定されたテキスト、末木夫美士(すえき・ふみひこ)『日本仏教史─思想史としてのアプローチ』新潮文庫をもともと持っていて、「事前にテキストを読んでおくこと」とのことなので読んでいます。
末木さん(東大印哲出身の東大教授)、学才だけでなく、もともと文才があるのでしょうね。内容はそれなりに詰まっているのに、歴史小説のような風合いできわめて読み易い。流れるように読み進められます。これで620円! 日本仏教、こと副題通り思想史的アプローチとしての格好の入門書でしょう。
で、読んでいくと日本仏教もなかなか面白いですね~。
私の好きなインドのゴータマ・ブッダ(前5~4世紀)やナーガールジュナ(後2~3世紀)あたりって、文献資料がかなーり少ない。時代が古いことはもちろん、インドは基本的に歴史史料を遺すという発想が希薄ですから尚更。だいたい宗祖ゴータマ・ブッダの生没年だって学説的に100年の開きがある。龍樹がどんな人だったかなんて何もわからないに等しくて、よく言われるように「龍樹が『中論』を書いた」というより「『中論』の著者を龍樹と呼ぶ」と言ったほうが適切なくらい。
それに対して日本仏教を扱う場合、はじまりからして後6世紀ですし、もっとも華々しい平安~鎌倉期くらいになれば、かなり文献史料がある。日本は官選の国史もあり、中国ほどじゃないにせよ、文字で遺すこともしてきましたし。
ですから、かなり立体的に眺められるところが読んでいて面白いと感じる所以なのかもしれません。
出家修行により悟り・解脱を目指したインド仏教と、本覚思想─たとえば草も山も木も川も“もともと”覚っているとまで行き着く仏教は、一見連絡しないように思いますが、実は社会情勢、時代のニーズによって微妙に色を変えながら繋がっていくのですね~。ちょうどRGB 0-255の組み合わせで、白から黒まですべての色が表せるように、すべては一つの仏教という枠組みに乗るんだなぁと感じます。
今のところ、(道元はとりあえず置いておいて、)空海より最澄、親鸞より法然に興味を持ちます。大成した巨星より、改革者、フロンティアが好きなのでしょう。
(※歴史に名が挙がる人はすべて改革者でありフロンティアなんだと思いますから、対比して言えば、ということです)
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