「非情になったほうがいいよ」

2005年11月 8日火曜日AM | コメント(1) | トラックバック(2)

 数年前に私の胃壁を随分と削ったであろう女性がいます、お互い様でしょうが。それ以来、私は恋愛に対して否定的─楽しいこと辛いことあるけど結局差し引きマイナスだ─になりました。

 その子が最近、数年ぶりに電話をしてきました。同棲している彼氏の元から家出をしたそうで。で、また今日、電話がありました。話を聞くと、2年半同棲をしていて(Aさん)、お互いに結婚するつもりなのだが、「好きな人ができた」(Bさん)とのこと。

 Aさんとは結婚したい、けれど最近はもうトキメクことがなくなった。Bさんは結婚対象としては考えられないのだが、トキメクのだそう。別に具体的な問いがあるわけでもなく、ただモヤモヤした現況を喋りたいだけのようなので、聞いていました。よくある話ではあります。

 「遊ばない?」と言うので、夜、数年振りに会いました。

 そこで、一言、心を込めて捧げた言葉が掲題、「まぁ、その…… 非情になったほうがいいよ」、と。別に、具体的に何かを示唆したかったわけではなく、情にあつくシガラミに囚われるタイプの子なので言いました。

 「非情」、これ、最近本気で思っています、私自身に対しても。学んだのは小泉純一郎。彼があそこまで自分の意思を徹底、貫徹できるのは、彼が非情だからだと思うわけです。昨日の仲間も、今日、無能人とあらば掃除する。

 無論、むやみに他者を傷つける必要はありません。私の趣意は、「自分にとって本当に必要なもの」なんてそれほど多くなくて、「ほとんどのことはどうでもいい」ということです。ものごと、「こうなったらこうで、ああなったらああで」という程度のことがほとんどであって、絶対に死守しなければならないこと、こだわらないとならないことなんて、ほとんどない。

 余計なものに縛られずにシェイプアップ、純化して生きていこうと思うのですよね。

 大好きなダウンタウンの松ちゃんも、「最後の最後は、知らんがな~、関係あるかぁ~ボケ~ェと思わないとやってけないんですよ」とよく言っていました。そういうニュアンスです。

 諸々の事象は過ぎ去るものであって、我が道を怠ることなく歩むのみです。

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コメント(1件)

kisaria | 2005年11月 8日 15:15

なるほどね。
大切なものが少しでもあったら、私もそれでいいと思う。
自分自身だって、変わっていくしね!
でも何かを感じた瞬間は、大切にしていきたいけどね^0^
ま、非常になるときは、非常になったほうがいいね^^
自分という人間で生きていくなら

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