仏教に至ったワケ

2005年07月30日土曜日PM | コメント(0) | トラックバック(0)

 「こころの健康」で書きましたが、とある精神科医によると、いわゆる近年の問題を抱える若者の傾向は、「自分探し系」と「引きこもり系」の2つに分類できるそうです(あえて分類すれば、ですよ)。

 特徴として、自分探し系は友人も多いし、コミュニケーション量も多い。けど、自己イメージが不安定。引きこもり系は、友人、コミュニケーションは少ないが、自己イメージ自体は比較的安定していて、問題としているのは自己と社会との関わり、だそうです。

 私は完全に自分探し系でしたね。先日、どうして「仏教」に辿り付いたのかとTさんに聞かれ振り返ってみたのですが、今でも忘れません、ナイキだったかのCMで「何を夢見てここまで歩んできたのだろう」に立ち止ってしまったのです。長渕剛『My Self』の「『夢は何ですか?』と聞かれることが、この世で一番怖く思えた」という詞にもドキッとしました。

 そこで私が最初に読み始めたのが『武士道』。旧五千円札の新渡戸稲造の著です。武士道に自分を見出したかったのでしょう。武士道的なものを読んでいくと、たいがい「禅」に行き着きます。山岡鉄舟の「剣禅一如」とか。

 そして背景はナーガールジュナだと思いますが、南直哉師を通じ、「自性(≒自己)なるものは無い」「それは縁起的に存在している」と論破され、仏教のトリコになり、今日に至るわけです。

 特に深意は無いのですが、「基礎ゼミナール」のレポートが一通り出来たので書きました。

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